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「世相・2015」 風の鳥

「風の鳥」

折り紙を買いなんとなくツルを折った
重い病気の友人がいるわけでなく
必勝を祈願するチームが
今まさに戦おうとしているのでもない
折ヅルで平和を祈念したいのでも
長寿を祝う身内がいるのとも違う
まさになんとなくツルを折った
過去にもそんなことがあった
そのときの気持ちはもう思い出せない

小さな娘と二度折ヅルをしたことがある
その理由と情景は今でも鮮明に覚えている
家の近所の小さく貧相な公園
娘は12月の陽射しの中でブランコをこいでいた
少し離れたところで妻が腕組みをし
風になびく娘の髪を眺めていた
妻に近寄り娘のプレゼント代を落としたと打ち明けた
妻は娘の耳に届くほど大きな声を上げた
   お金を失くしたなら今年のプレゼントはなしでしょう
   何がサンタさんよ
   いい機会だからこの世にサンタクロースなんていないことを
   きっちり教えてやるといいわ
妻は私たちを置き去りにして公園を出て行き
娘とふたりで家に帰った私はコタツでツルを折った
たんすの上には冬空に捨てられたネコみたいな
粗末で寒々しいクリスマスツリーがあり
ツリーに巻きつけたイルミネーションが明滅していた

二度目は娘から折ヅルをしようと言いだした
下の子を出産した翌日に
妻がいる病院へ娘と行くつもりだった
テレビの「サザエさん」の歌が
どこからとも知れず部屋に流れ込んでいた
このときに「風の鳥」の話を娘にしてやったのだと思う
   ツルの中には8千メートルの山を越えるものもいる
   ウソだ ウソだ そんなに高く飛べないよ
   本当だよ 山のてっぺんは雪ばかりですごくすごく寒い
   どうしてツルはそんな危ないことするの?
   住んでいた場所が寒くなってきたので
   温かいところへ引越しするんだ
   ツルは山間の谷に吹く強い風をつかまえて舞い立つ
   それとね お前みたいに小さな 
   生まれてすぐの子どもも連れて
   8千メートルの山を越えていく
   だからその山にいる人は ツルを「風の鳥」と呼ぶんだよ
   
娘は目を輝かせて聞いていた
娘に話しながら私の頭には
アネハズルがヒマラヤに飛来する姿が浮かんでいた
山頂の雪の純白と青々燃える空
風の音以外すべてを凍りつかせる荘厳な空気の中
翼を目一杯広げ雲ごと風をつかまえんとするツル
舞い上がった「風の鳥」はすぐにV字の編隊を作り
ジャンプのスキー選手のように首から足先まですっきり伸ばし
ツルの子をかばいながらヒマラヤ越えに挑む

その後長い年月がたち
急に思いついて今朝ツルを折ったときにも
ヒマラヤ越えする映像が私の頭を占領していた
ゆらぎながらひとり生きるものの心に
ときおりおとずれる一陣の風
その風に私は問う
私は何を失い かわりに何を得たのか
私は何を残し かわりに何を奪ったのか
いつまでも続く明日への祈りのように
私は「風の鳥」を折る
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「世相・2015」 白い蝶

「白い蝶」
いまこそわかっただろう
自分らしくあろうとする
ささやかな願いでさえ
大きな力と戦わずして得られないことを

いまこそわかっただろう
現在への無関心は
心に雑草をはびこらせ
不服従の芽を根絶やしにすることを

いまこそわかっただろう
汗をかかずに得られる益は
生白い手をした凡庸な政治家の
隠された願望に投資されるだけなのを

いまこそわかっただろう
手品師がシルクハットから
ハトを取り出す手口で
平和から戦争が生みだされるワザを

いまこそわかっただろう
単調な日々に耐えられない弱さが
殺し殺される苦海でさえ
「ここでないどこか」への夢の扉と勘違いさせてしまうことを

いまこそわかっただろう
街で流れた血によって
大きな会社はふところを肥やし
子どもの涙で金を浄化する仕組みが

いまこそわかっただろう
一歩一歩深い気づきで歩まなければ
永遠と1日の誓いでさえ
たった70年で破棄されてしまうことを

いまこそわかったろう
いやな時代へと傾斜していく前には
弱きものに差し伸べられる手をうとましく思い
かぐわしい共生が物足りなくなることを

いまこそわかっただろう
豊かさへ不信の目を向け続けなければ
ふるさとを放射能で奪われるのを防ぐ手立ても
戦場に向かう兵士を阻む方策もなくなることを

怒号やののしりで
いやな時代を押しやることはできない
デモやプラカードでも
この不愉快な時代を遠ざけられないだろう

だけどまだ手遅れというわけではない
昔の詩人が詩ったように
それが過ぎ去る前に
気づかなければならないしるしがある

目覚めていよう
耳をすましていよう
みにくい影や猛々しい足跡が
身辺を乱さないかどうか

音楽をかけダンスをしよう
湖畔に櫂の音を響かせ愛を育もう
いやな時代はすべての美しいものへの
破壊と挑戦だから

心のうちに
思索ができる静かな森をもとう
自分への深い信頼からわきでた
自ずからの手だけで編んだ言葉を大切にしよう

つましく生き
旗色になびかず
ゴツゴツした手を愛し
財が尽きれば堂々と野垂れ死ぬ覚悟をもとう

白い蝶が飛ぶ
そのたおやかな翅は
海峡さえ渡る

「世相・2015」 男前になろう

「男前になろう」

男には美しい動きが必要
それが歌舞伎由来の男前の語源らしい
であるならなおさら
ただやさしくあるよりも
男前になろう
やさしさだけでは何かが不足
美しく行動し男前になろう

5機の軍用ヘリが
轟音を響かせ空を飛ぶ
悪意をもった飛行に
鳥は怯え木々は顔をしかめて後退し
赤く焼けた西の空はもう戦場の色だ
「お母さん 戦争なの?」
耳をふさぎながら子どもが聞く
もしそうだとしたら男前になろう
やさしさだけでは何かが負ける
街のすべての壁に
「NO」と落書きをして男前になろう

都会の公園のベンチに座り
若い男が寒さに震え弁当を食べている
枯葉がくるくる回りながら
彼の足元に吹き寄せられていく
冷たい弁当の値段は320円
非正規労働者である彼の食事はこの一食
自分を高めるために勉強することも
恋人を作ってデートすることも
彼の収入ではあきらめるしかない
食事を終えるとただひとりの友だち
スマホの画面に顔を埋めゲームをはじめる
何かが変わらなければならない
どこかに若者の夢がなければならない
であるなら男前になろう
やさしさだけでは孤独が深まる
たったひとりであっても街角に立ち
「貧困救済」のプラカードを掲げて男前になろう

「ぼくはどうせガンで死にます」と男の子
「家 学校 ネコ おばあちゃん みんな置いてきた」別の男の子
「家族って何?あたしはどうせ死ぬまでずっとひとり」
「結婚?怖いわ 子どもを産むのも怖い」と女の子
福島の子どもたちが
このような会話を交わしている
原発事故からもうすぐ5年
だれも子どものつぶやきに耳を傾けず
話題にしたがらず
福島の子どもを見捨てようとしている
もしそうなら男前になろう
やさしさだけではいつも他人事
福島の子どもを呼び寄せ
海で遊び いっしょに魚を食べ
息が止まるほどのハグをして男前になろう

連作詩「世相・2015」 NEVERMORE もう2度と

「NEVERMORE もう2度と」

自動車工場のベルトコンベア上を部品が流れてくる
時計工房では小さな歯車が組み合わされる
テレビ工場の最後の部品はネジだ
兵器工場の部品・・・ひとつぶの涙

足りなかった部品
人で補うしかなかった部品
絶望で怒り狂った部品
自死を部品にして目的を果たす兵器
人柱 ひとつぶの涙

NEVERMORE もう2度と
NEVERMORE もう2度と
NEVERMORE もう2度と 

自動車工場から出てきた赤い車は
さっそうと街を走る
時計工房で作られた腕時計を耳にあて
男性はコチコチコチとなる音を楽しむ
テレビ工場で製造された受像機を囲み
今日もあちこちで家族が食事をする

特攻隊員のひとつぶの涙
人間魚雷に乗る兵士のひとつぶの涙
イスラムの女性が身重の体に巻く手製の兵器
お腹の赤ん坊よりはるかに重いダイナマイト
子宮内の血管と同じ色の赤と青2本のコード
死地におもむく自爆犯の女の最後に見る幻は
お腹の子どもがふるさとの荒野を駆ける姿か
胎内の小さな小さな部品がひとつぶの涙を流す
生まれたかった子ども
生まれることを拒まれた子ども

NEVERMORE もう2度と
NEVERMORE もう2度と
NEVERMORE もう2度と

2015年 私たちはどこへ行くのか
日本の子どもたちが流すひとつぶの涙・・・・・・
2015年 私たちはどこから来たのか

連作詩 「世相・2015」 ちいさなノート 

「小いさなノート」

小さな浅黄色の表紙のノート
8センチ四方の正方形で
小さいながら
ダーツ形の専用えんぴつがついている
いつでもメモがとれるので
ジーンズのうしろポケットに収まり
ノートはあちらこちらを旅してきた

ノートを開けば
縦から横から斜めから
書き出し場所が一定しなくて
大きさも方向もてんでばらばら
不ぞろいな文字が目に飛び込んでくる
日々の生活の中で
もっとも心に沁みたことを書くノートは
のちに読み返してみても
その多くは意味も心境もたどれない雑記ばかり

小さな小さなノートのメモは
一編の短編小説も
詩も俳句も短歌も生み出したことがない
世界を読み解く哲学書のメモとなったわけでもなく
エスプリのきいた随筆も生まなかった
漫画の原作にも生かされず
ニューミュージックの歌詞に化けることなく
映画や演劇のシナリオにまとめあげられたわけでもない

それでも小さなノートは
やがていつか
おだやかでほそほそとした表情の言葉が
激越なヘイトスピーチのアジテーションより
人々の心に届くものになるよう夢みている
やがていつか
逃げてはならない真実と向き合う苦い言葉が
常套句で国民にこびへつらった
大衆政治家の演説より
人々の胸に響けよと祈っている
そしてやがていつか
小さきものへの静かな愛を歌う曲が
サッカー場に轟く君が代よりも
人々に愛唱されることを願っている

明日からブログ再開

長い休みを取りましたが
ブログを再開します。
テーマは福島の子どもたちの保養キャンプ
ネコのパンダ
そして家族たち
ということになるのでしょう。
相変わらずのテーマですね。

しばらくは連作詩を掲載します。
音立てて変わりいく
いまわしい時代の流れに対する
私の思いを綴ります。
どうかご愛読ください。
よろしくお願いいたします。
バンザーイ、ブログ再開♪(/・ω・)/ ♪
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