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キャンプ4日目

超×10の晴れ男の私の力も通じず
夜来の大雨。
子どもたちがあれほど楽しみにしていた
海釣りも中止せざるを得なかった。
調べてみると
私の力に匹敵する超雨男が2人もいた。
むべなるかな。無念。

そのため朝から旗作りなど
室内でできるアクティヴィティーに切り替えた。
旗作り
この日限定の子どもが
飛び入り参加し
14名で宇宙星人のお面を作り
洋服も作りました。
星人
宇宙星人が勢ぞろいし
記念撮影をしました。
見えない星人 お菓子星人
サクラ星人など子どもならではの
想像力のある命名です。
旗
お面を貼り付けて
旗を完成。
午後からは晴れ男が盛り返し
天気は一気に回復に向かいました。
夕陽を浴びた旗を裏から撮影しています。
コンサート
30名近い参加者のバーベキュー大会
最後には恒例のコンサートをして
震災ソング「花は咲く」で締めました。
ギターに併せて
私ははじめて人前で
ブルースハープを吹きました。
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キャンプ3日目

キャンプ3日目は
朝からとてもいい天気。
冒険の森で遊びたおす日だ。
鳥
餅つきをして
芋煮と一緒に食べ
宝探しなどしたあとに
2人プロの手による夕食の準備。
メニューはミネストローネ
ジャーマンポテト
ローストチキン4羽
石窯で焼き上げた5キロの焼き豚を使ったサンドイッチ
よく食べました。
ダッジ
4台のダッジオーブンを使い
焼き上げたチキン。
解体ショーのはじまりです。
サンシン
冒険の森を使っていた
他の団体の人が
飛び入りで沖縄民謡を歌ってくれました。
よかったー。
部屋
ログに引き上げ
夜食を食べました。
子どもたちは2階で遊び
大人はご覧のような宴。
現在約30人がログにいます。

キャンプ2日目

今日は朝からイングランドの丘。
一日そこで遊びました。コアラ
イングランドの丘なのに
名物はコアラです。
BABYを産んだばかりの母です。
コアラの飼育場には
普通の動物とちがって
かならずないといけないものがありません。
それはなんですか?
ヒントはエサのユーカリです。
ハート
こんなハートマークもあります。
楽しいですね。
イングランド
最後には皆で記念撮影です。

キャンプ初日

キャンプ初日が終わった。
伊丹飛行場から直接
東神戸診療所に向かった。
健康診断項目が増え
エコーによる甲状腺検査
血液検査
尿検査
心電図
診ていただいた郷地先生は
これから先の被ばく
とても心配しておられた。
船
福島の親子と総勢9人で
淡路に向かった。
花
ちょうど開花した
チューリップがお出迎え
たこ焼き
オープニングは
恒例のたこ焼きパーティー

祝老歌

吉野弘さんの「祝婚歌」は
もっとも親しまれている詩の一つであろう。
結婚式に招かれた経験のある人は
なんらか形でこの詩を
耳にするか 目にしたことがあるはずだ。

先日あるエッセイを読んでいて
偶然この詩に出会い
改めて読んでみた。
そしてこれは結婚を前にしたカップルより
第2の人生をスタートする老夫婦の心に
より切実に響くのではないかと思った。
「祝婚歌」ならぬ「祝老歌(老化?)」である。

「二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
(中略)
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
(中略)
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
(中略)
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい」

倦怠の波にのまれながら
今更1人で生きていく覚悟もなく
自分らしい領土を失わず
連れ合いの地所との境界線で
譲ったり譲られたりしながら
まったりと共生の道を探している
定年後の夫婦にこそ
この詩は読まれるべきだと思うのだが
どうであろうか?

「正しいことを言うときは
ひかえめにするほうがいい
正しいこと言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい」
七十に届こうかという年齢の私には
この連が充実したカップルでいる秘訣を
こっそり教えてくれているような気がする。

20数年前
友人の娘が結婚することになった。
彼女の方も私はよく知っていたので
結婚祝いを贈ろうかと申し出た。
母親からの返事は「気持だけいただいときます」だった。
何があったのか知らないが
シングルマザーの彼女には
恋人との間で厄介な問題があったらしい。

私がはじめて「祝婚歌」を読んだのはそのころである。
詩を書き写し 結婚祝いの「気持ちだけ」にしようかと考えた。
万年筆で「正しいことを言うときは」まで書き進み
そこで筆が止まってしまい
一歩も先に進めなくなった。
「祝婚歌」を送ること自体
まさに友人の娘に「正しいこと」を
言おうとしているのではないか
との内省がわき
結局詩の贈り物を諦めた。

しばらくして母娘との付き合いはなくなった。
娘はもう40半ばを過ぎているはずである。
「祝婚歌」は不要だが
そろそろ「祝老歌」として
この詩を読んでもいい年齢だろうか。

奪ったものを返せ

春のキャンプまで
あと11日となった。
料理・イベント・募金活動など
準備が進んでいる。

27日
福島から空路子供達が到着
バスで神戸に移動して
放射能被ばくの程度を調べるため
健康診断を受ける。
どんな結果がでるのか心配。
この小さな試練を終えれば
4泊5日は遊び放題だぞ。

28日
朝から淡路島ファームパーク
「イングランドの丘」へ行く。
羊と遊ぶ コアラと遊ぶ
イチゴ狩りをする
ソーセージを作る。
ここでだけ自分のお金を使って
好みのレストレンで昼食が食べられる。

29日
ワーイ土曜日だ。
ジョイントチームスタッフも勢ぞろい。
場所は「冒険の森」(名前もいい!)
ゲストもいっぱい。
夕食もここで食べ
50人ほどで夜まで遊ぶ。
昼ごはんは餅をつき
東北名物芋煮に入れて食べる。
ここから先昼の長い時間は
遊び 遊び 遊び 遊び 遊び。
全員参加の夕食の準備のあとは
ミニコンサートを楽しみながら
2人のプロシェフによるアウトドアディナだ(うまい!)。

30日
男組は海に釣りをしに
女組は山で花束作り。
大人の男組みはワクワク農園で植樹
大人の女組はフェアウエルパーティーの準備。
キャンプの終わりは
恒例の震災ソングの大合唱。
「しあわせ運べるように」「花は咲く」
「いつも何度でも」

次の日の朝になれば君たちは帰っていく。
夏までしばらくスクラムを組めないけれど
希望をもって生きよう。
皆で力を合わせ遠くまで行こう。
君たちが望む当然の救済は要求しよう。
不当な扱いには「NO」と言おう。
萎縮せず 背を伸ばし 大またで歩き
ぼくたちから奪ったものを返せと
不敵に叫ぶがいいのだ。
祭り
ここは冒険の森の中庭です。
子どもたちの想像力を刺激する
いろいろなモノたちがいます。

もちつき
昨年の暮れ
ここで餅つきをしました。
春のお祝いとしてそれを再現します。

いろり
2間続きの部屋の1つには
囲炉裏が切ってあります。
コンサートはここで行い
寒ければ食事もここでします。


震災3年目

震災3年目を迎えた。

今年も3月27日から
4泊5日のキャンプを
ここ淡路島で開く。
招く家族は
郡山から2家族 6名
いわきから1家族 1名
加えてすでに避難した子どもたちを
西宮から2家族 6名
大阪から1家族 3名
合計16名でキャンプを行う。

私たちのキャンプは
2つのミックスを行なうことに特色がある。
避難した家族と福島に留まっている家族のミックス
リピーター家族とはじめて参加する家族のミックス
今回の場合は
避難している家族 3家族 9名
福島で生活する家族 3家族 7名
初参加は2家族 6名である。

リピーターを重視するのは
その場限りの支援ではなく
子どもたちの成長を見守り続け
それぞれの子どもたちの心身の変化に
長く関わりたいからである。
できることなら
キャンプに参加した子どもが
大きくなって高校、大学に進むとき
私たちが奨学金が出せればいいなと思う。

私たちが初開催の2012年のキャンプに参加した
男の子の言葉が今も忘れられない。
”ぼくは何を触っていいの?
ここの木や草や人を放射能で汚してしまわない?”
”もし汚すならどうしたいの?”
”だったらぼくはすぐに福島に帰る。汚したくないもの”
今も自分が被ばくの原因にならないか
幼い心を痛めている子どもが、
福島には多くいるに違いない。

茨木のり子の詩を本歌取りして
私はキャンプに来る子どもたちに
呼びかけよう。

おやすみなさい、小さな子ども
ここにきて餅をつき
冒険の森で木の家を作り
野草でこさえた草笛を吹き
海辺で白く光る石を見つけ
川の水を飲み
何の不安も抱かず
ゆっくりおやすみなさい。
海
今日は朝からよく晴れて
淡路島の海は青々しています。
27日~31日まで
超×5の晴れ男である私の念力が
通用すればいいのですが。



 

日日是好日

昨日は朝から大わらわ。
前日いつものように風呂場で
カミソリを使い頭を剃りあげた。
少し心変わりがして
スキンヘッドではなく
頭頂は残し裾だけ剃ろうとしたのだった。

それが大失敗。
「丸刈りの懲罰を受け
髪切り半ばで投げ出されたみたい」と言われる始末。
かくして散髪屋に走った。

たまたま入ったのが
岩屋漁港の前にある散髪屋だった。
明治時代から続く
「床屋」と呼ぶがふさわしい風情である。
頭を触ってくれたのは数えて3代目の主。
岩屋の町の盛衰と漁港の今昔を
問わず語りに語ってくれた。

漁師町ではイカナゴは買うものではなく
もらうものであること(ショック。一昨日大枚1万3千円で買ったというのに)。
アナゴの稚魚「のれそれ」(淡路島では「洟垂れ」と言うらしい)は
漁ができなくなっていること(アナゴの激減のため)。
岩屋の人口が7千人まで落ち込んでいること(盛時は1万5千人ばかり)。
などなど、楽しいひと時であった。

外にでると
漁にでていた船が
寄港するところだった。
イカナゴ漁を被写体にする
アマチュアカメラマンや
おすそ分けにあずかろうというのか
近所の主婦たちが寄港した船を囲んだ。

日日是好日

収穫
セリは船の向こうでやっています。
たぶん身内の人に上げているのでしょう。
赤いトロ箱が見えますか?
「一杯8千円」と言う声が聞こえてきました。

荷揚げ
昼休みなのか
船が次々に戻ってきます。
後方に見えるのが明石大橋です。

船
マストのところに
紡錘形の網を並べたようなものが見えるでしょ?
前から気になったいたので
そばにいた漁師さんに質問しました。
「あれはなあ、網流しとる印で
そばの船に気いつけ言うとるのや」
これが答えだった。
港で停泊する漁船をを見かけたら
この網を見つけてください。
私のように「干物にする網かな」なんて
くれぐれも思わないように。

春の訪れ

4日ばかり淡路島を抜け出し
戻ってくると
淡路島は春を迎えていた。
淡路の春は
菜の花でもウグイスでもなく
イカナゴ漁の解禁である。
私が不在だった2月28日に
漁は解禁になっていた。

対岸の明石港から岩屋港まで
渡船で約13分の距離である。
港を出ると春の海が躍動していた。
向かい合った2つの漁港からでた漁船は
大急ぎで魚場に向かい
全速力で戻ってくる。

青緑の海峡には
古の海戦のように船が先陣を争っている。
それぞれが曳航する
はちきれんばかりの魚網は白い水尾を流す。
その航跡を追って鳥が舞い上がり 舞い降りる。
新しい季節を謳う
淡路の春の祭典である。

さっそくスーパーに走り
イカナゴを手に入れた。
1キロ950円~1000円。
例年並みの相場である。
13キロのイカナゴを買い求め
私たちも大慌てで家に戻る。

鮮度を保ったまま
時をおかず釘煮を作る。
この時期淡路島のどの家からも
醤油と酒のいい匂いが
路地にこぼれ出る。

今夜はくぎ煮をアテに
とっておきの秋田の酒で乾杯!!!

岩屋港
淡路島側の港 岩屋港です。
網は緑と赤の旗を掲げた漁船が引きます。
イカナゴ漁は一年の半分の収入になるとも言われます。

いかなご
くぎ煮専用の大きな鍋です。
13キロを炊き上げるには
4回、約4時間の戦いです。

くぎに
くぎ煮は醤油・味醂・酒でだしをとり
そこにイカナゴと山椒を加えます。
大切なことは
水を入れないこと
かき回さないこと。
炊き上がれば荒熱をとり
冷たい風に当てます。

生きてるリンゴ

居酒屋「こころ」の女将から
「生きてるリンゴ」の話を聞くたびに
私は茨木のり子の詩を思い浮かべる。

「生きている林檎 死んでいる林檎
それをどうして区別しよう。
籠を下げて 明るい店先にたって
(中略)
生きている心 死んでいる心
それをどうして聴きわけよう
はばたく気配や 深い沈黙 ひびかぬ暗さを」

この詩に引っ張り出されるように
「大男のための子守唄」も
同じ果物鉢に乗っかってくる。
私が大好きな茨木のり子の詩の1つだ。

「おやすみなさい 大男
夜 冴え冴えとするなんて
それは例外の鳥だから
まぶた閉じて 口をあけ
お辿りなさい 仮死の道
鳥も樹木も眠る夜
君だけばっちり眼をあけて
ごそごそするのはなんですか

心臓のポンプが軋むほどの
この忙しさはどこかひどく間違っている
間違っているのよ」


西宮の甲東園にある居酒屋「こころ」には
年に1度リンゴが届く。
「青森に転勤になるけど
リンゴが届けばぼくが生きている印
と思ってください」と言い残し
去っていったサラリーマンはきっと
「大男」のような人物に違いない
昨年末にもリンゴが届き
おすそ分けをもらった私は
彼が生きてる証をしみじみ味わった。

この居酒屋の暖簾をくぐり
40年以上の歳月がたった。
娘と母が切り盛りする素朴な店。
母親は十数年前に他界してしまった。
私は彼女を「おかあさん」と呼び
とてもとても可愛がってもらった。
彼女の前では実の母以上に
私は息子であった。

この店には語りつくせぬ思い出があり
店に行くたびに
日替わりの懐旧談の花が咲く。
もうひとつ茨木のり子の詩に
それを語らせてみようか。

「この川べりであなたと
ビールを飲んだ だからここは好きな店

7月のきれいな晩だった
あなたの座った椅子はあれ でも3人だった

小さな提灯がいくつもともり けむっていて
あなたは楽しい冗談をばらまいた」

40年ばかり前に大切な人とここで出会った情景である。

今年もまた私は
彼女と分け合って
居酒屋「こころ」からもらった
「生きてるリンゴ」を食べた。
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