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2014年 カウントダウン ZERO

皆さま
明けましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。
本年が皆さまにとって
よき年でありますように。
パンダ最後>
「今年もよろしくお願いします」
とパンダも申しております。
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2013年 カウントダウン ONE

こんなカウントダウンはない。
5 4 3 3・・・・・・。
千も2千もカウントすならまだしも
たった5数えるだけではないか。
なのに3を繰り返すだなんて!
今朝の更新時に修正しました。
ご迷惑をおかけしました。

昨日の昼過ぎに
四国方面から和緒ちゃん台風上陸。
淡路島は暴風圏内に入った。
泣き倒す、食べたおす、パンダに挑み倒す。
聞きしにまさる迫力だった。

和緒ちゃんの迫力を伴奏するがごとくに
テレビでは腕相撲大会をやっていた。
「スポーツ界腕相撲世界最強決定戦」
イヤーおもしろかったぜ、ニューイヤー(笑い)。
手の甲を机に付けるだけの単純なスポーツが
なぜあんなに楽しいのか。
4時間ばかり興奮し放しだった。

今日は大晦日。
息子夫婦と新加入の和緒ちゃん
それに友だちと共に
皆で年の瀬を迎えられる幸せに感謝しよう。
「ZERO=ゼロ」のカウントは12時にアップします。

和緒とパンダ
和緒ちゃんとパンダが対面。
とても意識し合っていました。
パンダは興味津々で近づきましたが
しばらくすると和緒ちゃんの迫力に負け
フーと唸って威嚇するようになりました。

 
おねむ

こんなに可愛い寝顔。
和緒ちゃんが寝ると
火が消えたように
静かになりました。


パンダと父

パンダと一緒の
今年最後の写真です。
では皆さま
よいお年をお迎えください。

2013年 カウントダウン TWO

昨日は予想通り掃除一色。
6時間かけてログをすべて雑巾がけした。

かなり体力を消耗したから
夜ご飯は力がつくものに。
ボンゴレのパスタ
豚ヒレのトマトソース煮込み
タコとレタス、セロリのサラダ
味のバランスが実によく
ビール ワイン 焼酎もすすむ。

さっき四国を旅行中の息子からメールが入る。
昼過ぎに淡路に到着するらしい。
カレーを作って待っておこう。
和緒ちゃんレポートはまた明日。

本年最後のゴミの日なので
早朝からゴミを捨てに行った。
ゴミステーションは
海岸沿いにあるので
30分ばかりあたりを散歩した。

海

これが目の前の海。
ログハウスから3~4分です。
ここは古代から塩の産地でした。
万葉集ではこう歌われています。
「朝なぎに楫(かじ)の音聞こゆ御食国(みけつくに)
野島の海人の音にあるらし(山部赤人)
この歌に詠まれた野島の梅が写真の海ですよ。
遠くに白い船体が見えます。
九州と神戸を結ぶフェリーです。


木

「奇跡の木」でも書きましたが
私は孤木が好きです。
ゴミステーションの前にも
枝ぶりのいい1本の木が生えています。
ログのテラスからの眺め
夕陽をバックにしたこの木のシルエットもいいですよ。

箱入り娘

今日のパンダ
パンダは箱遊びが大好きです。
箱入り娘ですからね。


明日は大晦日。
だけどカウントダウンはまだTWO?
年が明けたと同時に
ONEとカウントしたらいいのかなあ????

2013年 カウントダウン THREE

今日は朝から大忙し。
家中の床の拭き掃除しなければならない。
明日から来る息子夫婦と
天才和緒ちゃんを迎えるためである。
和緒ちゃんの母、義理の娘が
ネコアレルギーなのだ。
これから1日待っても
掃除しか書くことがないから
早めにアップしました。

パンダの根城

まずはパンダの根城。
夜はここでタイガース毛布に包まれて寝ます。
ソファーにもクッションにも
大量の毛がついているはずです。


2階

掃除のスタートは2階から。
ベッドが2床あります。
この部屋にはパンダはあまり立ち入りません。
正面の壁面に見えるのは
春休みのキャンプの旗です。


階段

階段を上から見下ろしています。
ログの壁面は
ここで遊んだ人の写真であふれています。
パンダのお気に入りの場所だから
ここも入念な拭き掃除が必要です。


29日のパンダ

今日のパンダ。
朝からあっちへ行け
そこに座るなと私に追い回され
やや不機嫌です。
早く昼寝してくれるといいのですが
パンダは掃除のお手伝いが
メチャ好きなもので・・・・・・。


そろそろ掃除に戻らなくちゃあ

2013年 カウントダウン FOUR

よく考えてみればタイトルは
2014年へのカウントダウンとすべき?
まあいいだろう。
細かいことにこだわるのは
苦手なのでそのままいく。

まず昨晩のご飯は
しゃぶしゃぶをした。
毎日贅沢しているよなあ。
しゃぶしゃぶと言えばワインだし・・・。
また飲んでまいました。
年末年始は多くのお客さんが来るし。
準備した24本ではもたないか。

焼酎を飲みながら
昨年の甲子園ボウルを見る。
法政大との戦い。
ケガのために出場をひかえていたQB畑選手が
4Q10分過ぎから登場し
胸のすく逆転劇を演出した。
というわけで10時過ぎに
気持ちよく床につく。

今日は10時半から
IIYO楽園主催の餅つき大会に行った。
IIYO楽園は引きこもりの若者の支援をするNPOで
ここの理事長煙山さんには
「福島HPジョイントチーム」の顧問をしてもらっている。

場所はIIYO楽園の作業所でもある
「淡路島冒険の森」
40人の参加者と一緒に
約1斗の餅をつき上げた。
何十年かぶりの餅つき。
楽しかった。
つきたての餅がうまかった。

それだけではない。
昔の見世物小屋風のパフォーマンスあり
参加者全員での交流会あり、
古民家の情緒とともに
存分に昭和を満喫した
ありがとう!煙山さん!

もちつき

若者に混じって餅つきをしました。
昭和らしい美しい餅つきとほめられました。
横にいるのがゲストの総合工作芸術家。
田植え歌風の鉦と太鼓で
つき手を励ましてくれました。


パフォーマンス

だるま森+えりこさん
とてもおもしろいパフォーマンスでした。
だるま森さんが自作して
特許もとってある
アフリカ式ハープ「ハルオン」の音色も
美しかったですよ(写真右手奥の緑色の楽器)。

古民家

冒険の森は
このような古民家の庭にあります。
ピザ釜もあるし
遊び心が爆発しています。
福島の子どもたちの春キャンプには
ここに連れて行ってやり
思い切り遊ばそうと思っています。


留守番のパンダ

今日のパンダ。
留守番だったパンダは
家来のジジと一緒に
このように過ごしていたのでしょう。

2013年 カウントダウン FIVE

今日から正月まで
年末カウントダウンとして
毎日ブログを更新する。
前日のニュースと
翌日午前中までの出来事が記事の対象だ。

そこで2013年 12月27日 
カウントダウン開始 
FIVE

ここ数日
うっとうしい天気が続いている。
風が強くそれなのに雲は動かない。

昨晩は一日遅れの
クリスマス料理を食べた。
鳥モモ肉のロースト
タコとキュウリと赤ダイコンのサラダ
ほうれん草とカキのグラタン
どれもうまかった。
年末年始用に24本買い込んだワインが
急ピッチでなくなっていく。
いかん いかん

ある雑誌の原稿を書き上げたのち
昨日と今日の午前中いっぱい
「ヤスコノート」に打ち込んだ。

エリートOLだった渡辺康子さんが殺された事件は
さまざまな形式の作品を生んだ。
もっとも有名なのは
「東電OL殺人事件」(著:佐野眞一)だろう。
これはノンフィクションである。
フィクションでは
桐野夏生さんの「グロテスク」
久間十義さんの「ダブルフェイス」などがあり
映画としては気鋭の監督
園子温さんの「恋の罪」がある。

私の関心は
彼女のスキャンダラスな私生活にも
事件の真相や真犯人を暴くことにも
彼女の心の闇に迫ることにもない。
(私にそんなことができるはずもないし)
私の関心を一言で表せば
「現象としてのヤスコ」ということになる。

連作詩であるのだけれど
「現象としてのヤスコ」とは何かを
感じてもらうために
そのタイトルの詩を冒頭にもってくる計画を立てた。
書き出しはこのようになるはずである。

連作詩 ヤスコ

「現象としてのヤスコ」
からだからこころが出て行き
セックスがからだの非常口として残った
こころはからだの死を生き
からだは石の死を生きる

道玄坂に植わったからだ
うつむいた黄昏が
坂を登ってくる
サラダのような主語が
男に呼びかけようとしている。
「ねえ、遊んでいきません?」

・・・・・・・・・・・

抽象力で精一杯透明感を出し
なるべく平易な言葉と概念で
書きたいというのが私の望み。
うまくいくかなあ???

今日のパンダ1227

今日のパンダ。
昼間はほとんど寝てばかり。
食べ物の匂いがしはじめると
大暴れします。
カメラが苦手なパンダは
夢うつつながら薄目を開け
警戒を怠りません







あれはホールディングではない!!!

1月3日 東京ドームで行われる
ライスボウルまでフットボール漬けの毎日である。
2011年、2012年の甲子園ボウルとライスボウル
今シーズンの全試合および甲子園ボウルを
繰り返しDVDで振り返る。
「なんでそんなにフットボールが好きなん」
とよく質問される。
「私の父がアメリカ人だから」これが答えだ。

半ば冗談だけれど
父の出生と私のフットボール好きには
強い相関関係がある。

父は1911年2月4日
ロサンゼルスのサンタバーバラで生まれた。
1920年ごろ日本語より英語に馴染んで父は帰国した。
18歳になって日本国籍を選んだため
父の戸籍は日本にある。
だが名前はパウロ(保羅)。
この名が示す数奇な出生が
父の悲運を呼ぶことになる。
父

父が死んだのは1歳半のころ
だから父の面影を私は知りません。
これは26歳ごろの写真のようです。


名前に引き回されるように
青年パウロは神戸に移住し
関西学院大学で学び(私の先輩だ)
男声合唱団に入り
そこのピアニストだった母と結婚し
4人の子ども(私が末っ子)を養育する必要から
NHKの対米謀略放送のアナウンサーを志願し
アメリカを裏切った戦犯「東京ローズ」の一員として
米軍から追尾を受ける身となり
わずか34年の人生を終え
逃亡先の鳥取で客死することになる。

父は兄と姉、弟と妹と一緒に帰国した。
私のオジ、オバ家族も父同様
アメリカの濃い影から逃れるすべはなかった。
父のすぐ上の姉(伯母)の子どもは
関学高等部からフットボールをはじめ
大学ではキャプテンとなった。
1958年12月7日の甲子園ボウル
対戦相手は今年と同じ日本大学であった。

この日私は生まれてはじめてフットボールを見た。
関学は第4Qまで12対13でリードを許し
試合終了目前に大きなチャンスがめぐってきた。
日大ゴール前からの攻撃
QBが放ったボールは
エンドゾーンを横切るWRの胸に収まった。

「逆転、ヤッター」全員総立ちの応援席。
「ちょっと待て、待て」という鋭い声が起こり
沸き立った場内は一瞬静まり返った。
全員の目が芝生上の黄の布切れに吸い寄せられた。
「ホールディング」と審判のコール。
19対13で大逆転のはずが幻になり
そのまま試合終了。
痛恨の反則をおかしたのが
誰あろう私のいとこだったのだ。

この日の試合のことは
以後いとこの家ではタブーになった。
話の種になることがあれば
その場にいる全員が声をそろえ
「あれはホールディングではない」で葬り去るのだった。

10数年ばかり前だったと思う。
友人を訪ねアメリカに行った。
シカゴで乗換えがあったので
伯母の住むトロントに寄り道することにした。
93歳になった伯母は往年の元気をなくし
「拓ちゃんに会うのも、これで最後だね」と弱音を吐いた。
伯母を励ますつもりで
「あれはホールディングとチャウよね」と私は言った。
伯母は急に語気を強めて
「絶対ホールディングでない」と答えた。

伯母の訃報を聞いたのは
そののち1ヶ月くらいたってからである。

私のフットボール好きも
このようにアメリカの影を
父同様に背負っているためとも言える。

12月のハーフタイム

12月も半分が過ぎた。
今年のラストスパートとばかりに
飛ぶように日々が過ぎていく。

12月1日(日)KGファイターズ関西代表になる。
主力を温存したとはいえ、名城大に大苦戦。

12月4日~5日 48thピースボート忘年会
全国から16名がログハウスに集結し忘年会をする。
一泊して翌日は淡路島観光。

12月7日(土)午前中 福島からの避難者と祝うクリスマス
総額3万円くらいの豪華景品を用意し、ガラガラのボランティアをする。
同日午後 梅田でミニ講演
「理念的な生き方とは何か」について話す。

12月10日(火)無農薬野菜を収穫し、福島に送る
この日は11月29日に送れなかった人に送った。

12月8日(日)甲子園ボウルで関東代表の日大と対戦
早朝4時半に起きて歩いて甲子園球場に行く。
徹夜組の8名を除き一番乗り。
私は一緒に観戦する20名の仲間の席取り係。
9時に開門し最高の席を確保する。
試合はKGファイターズの圧勝。やったね!
眠さも吹っ飛び、内内の祝勝会を行う。

12月16日(月)東京行きのチケットを確保
1月3日のライスボウルへの出場が決まったため
明石駅に新幹線のチケットを取りに行く。
同日 午後 テレビ観戦
オービックが富士通に勝ち、
ライスボウルの相手は3年連続
オービックシーガルズに決まる。
今度こそ勝つ!!!

12月18日(水)クリスマスの飾り付けをする。
12月の半ば、今月のハーフタイムの余興として
恒例の飾り付けをした。今年はやや地味目。
夜は友人の誕生日祝いをするため
淡路島で一番おいしいすし屋で乾杯。

洲本城
淡路島には20を超える城があります。
兵庫以南の勢力を支配するため
交通の要衝であった淡路は
重要な役割を担っていたのです。
洲本城は石垣がすばらしいですよ。


入場

入場を待つファイターズの選手たち。
この瞬間が私はとても好き。
柵にしがみつき
私は猛烈な檄を飛ばします。

パンダとファイターズ

全国制覇したときにつける
2013のシールを張り、
パンダと記念撮影をしました。

クリスマス1

パンダがいたずらをしないように
今年は本棚を利用して
飾り付けをしました。

クリスマス2

地味な飾りですが
イルミネーションは点けました。

後方宙返り4回ひねり

このブログを書きはじめたのは
2011年5月24日(火曜日)である。
東日本大震災から3ヶ月少し。
未曾有の被害を出した大震災が
契機のひとつであることは間違いない。
しかし私にはほかにもブログを書く理由があった。

ブログのサブタイトルにも関わることである。
「連合赤軍事件を副題として」・・・・・・。
このような物騒なタイトルを選んだのは
前年に書き上げた「新しい人あの橋を渡れ」という
連合赤軍の粛清をテーマにした小説を
どうしてもブログで連載したかったからだ。

通常の出版ではなく
ウエブ上の「自費出版」となった経緯については
初回のブログで詳しく書いた。
要するに作品に買い手がつかなかったのだ。
連載は15回 2011年6月3日から9月2日まで続いた。

長年温めたテーマであり
私にしか書けない自負があっただけに
出版社の低い評価はこたえた。
もう書かないと思いながら
昨年は「奇跡の木」を出版し
あれこれと資料をあたるうちに
あといくつか書きたいと思うようになった。

「ぼくの出発」
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
「ヤスコ」
一応タイトルだけは決まった(タイトルが先とは非常に珍しい)。
「喪失」という共通の大テーマがあるので
夏ごろから同時進行で準備を進めている。

「ヤスコ」だけは
まずブログで連載し
出版の可能性を探る作戦をとる。
「ヤスコ」は連作詩。
タイトルの由来は
渡辺康子さん(東電OL殺人事件被害者)である。
私の知る限り彼女の内面に
迫りえた作品は皆無である。

詩作という得手でないジャンルを選んだのは
一度小説で書こうとして挫折したからだ。
女性の内面を書くことに困難を感じるが
新人賞受賞作(「二十歳の朝に」では若者を
長編小説「秋の苦い光」では女性を主人公にした。
新人賞の選考委員だった
大江健三郎さんの評を一部引こう。

「(受賞者は)若い人間の情動と生活を描いている。
ともに三十代後半から四十代にかけての作者なのだから、
もとより彼ら自身の感情生活をストレートに表現したというのではない」

「秋の苦い光」のあとがきで私はこう書いた。
「男の主人公で書き始めてしっくりこず、私は補助線を引いてみました。
メイという女性に再設定したとたん、小説世界の奥行きがのぞけ、
人物たちの位置関係が明らかになり・・・(後略)」

どうも私のような不器用かつ
文学的才能のない人間には
このような<ひねり>が効くようである。
<ひねり>は作者と作品世界に好ましいクッションを生み
そこで私はのびのびと書けるのだろう。
「ヤスコ」を完成させるには
体操界の新星白井選手並の
後方宙返り4回ひねりが必要かもしれない。
でもやってみよう。

家来

お気に入りの家来「ジジ」と遊ぶパンダ。
ネコであるのにパンダ。
これもいい<ひねり>でしょ
結構<ひねり>が得意なんです。

愚行権

大阪梅田で開かれたある会合で
「愚行権」なる言葉をはじめて耳にした。
その日私は社会福祉関係者の例会で
ゲストスピーチを行い
私の話をめぐっての質疑の中で
「愚行権」が飛び出したのだった。

人間には愚かなことをする権利がある。
何とすばらしい人間賛歌か。
私が味わった感動を知ってもらうには
どのような文脈でそれが使われたのかを
説明する必要がある。

社会福祉という言葉で
私たちがイメージするのは
生活保護とか障害者年金とか
介護保険などであろう。
そして多くの人は
生活保護費などを受給する際に
お金の使途まで
厳しく管理されるのを知っている。

「愚行権」はまさしく
そのようなチェックが
福祉の精神に適うものか
という疑問の中で使われたのである。

障害者年金や生活保護費などには
「浄財」という見かたがつきまとい
パチンコや酒、タバコ、
ましてや性の処理に使うなど
もってのほかという雰囲気がある。

確かに過度の遊興は困窮を生み
酒やタバコは健康を損ねることもあるので
人生と生活を守る目的で行う
行政による使途の管理は必要
という言い分もわからなくはない。

しかしながら人は時に羽目を外し
それが自分に不利益をもたらすと知りながら
愚かな行為をする動物である。
人間から愚行を取り除くことは
自由な存在の否定につながり
どのようにすれば
私たちは根源的自由が得られるのか
という議論に発展していったのだった。

その過程で私は
「射精ボランティア」という
もうひとつの衝撃的言葉に出会うことになる。
これは重度の男性障害者の射精を助けるボランティアで
女性ではなく男性がその任に当たるのだという。

私の頭なかでは
「愚行権」と「射精ボランティア」がせめぎあい
この深刻かつ心優しいボランティアも
究極の自己放棄による
「人間賛歌」かもしれないと思いつつ
今準備中の長編小説
「我々はどこから来たか 我々は何者か 我々はどこに行くのか」
において結論を出そうという考えに
落ち着いたのであった。

ウーム、言葉のヤワな響きとは違い
人間のむき出しの生が対象の
福祉の現場はいつも生々しく手ごわい。

愚行

毎日の度重なる「愚行」こそ
パンダの自由の源です。
よくもこれだけ
「愚行」が考えられると
ホンマに感心してしまいます。
今日の「愚行」は
冷蔵庫の上での昼寝です。




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