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あと一歩

引越し完了まであと数日。
すさまじい処分量だった。
およその規模を書いてみよう。

大きな机3台 椅子6脚
センターテーブル1台 椅子3脚
パーソナルチェア1脚
パソコンデスク1台 書類ケース5個 
本棚 特大1 大1 中1 小1
洗濯機1台 冷蔵庫1台 レンジ1台
カラーコピー機
シングルベッド
タンス2竿 
20数年分の決算書類と無数の校正紙
MOおよびフロッピーディスク約5百枚
パソコン5台 プリンター3台
本約600冊 

これらを新しい住居となる
淡路島に移したり
業者に頼んで処理をしてもらったり
燃えないゴミ 燃やすゴミに出したり
粗大ゴミとして取りに来てもらったり
資源ごみにまわしたり
産業廃棄物として
処分してもらったものもある。

一人の人間が
自分の周りに
どれだけモノを堆積するのか
存分にわかり 
その処分に存分に疲れ果てた。
もう二度と引越しはない。絶対しない。
あるとすれば
「今度天国に引越しすることになりました」
という案内状が皆さまにも届くはず。

住所・電話番号・メールアドレスなどが変わります。
私と連絡を取ってくださっていた方は
以下のように変更をお願いします。
STUDIO パンダ 
木田 拓雄 執筆・編集・デザイン
〒656-1724兵庫県淡路市野島平林56
TEL&FAX 0799-70-1387携帯電話 
090-1678-0609
e-mail kida0618@ares.eonet.ne.jp

2013062206490000.jpg
包帯もとれたパンダは
何とか自分のスタジオの
お披露目に間に合いました。
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幸せ運べるように

超晴れ男の私が
久しぶりの失態(ただし不祥事ではない)。
16日 みんなで育ててきた
無農薬野菜の初荷を
大雨の中送り出した。
タマネギ ジャガイモ ニンニク
絶好調のタイガース

全部で19箱になった。
行け福島へ
幸せ運べるように
絶好調のタイガースのマスコットが
荷の安全を願い立ち会った。
絶不調のパンダ

絶不調のパンダは
手術後の包帯がとれないまま
このようにお見送りをしました。

パンダ 退院

11日早朝
避妊手術のため
1泊入院したパンダを
動物病院に迎えに行った。
パンダはキャリーバッグの中で
怯えた目でうずくまっていた。
予想以上の痛ましい姿に
私は動揺してしまった。

顔と尻尾 四肢の一部を除き
全身布でおおわれ
パンダはぐったりしていた。
人間並みに手術の前夜までしか
食べることは許されず
当日の朝からは水も禁じられた。
術後はエサを与えても
食べようとしない。
24時間の絶食なら
やつれて当然である。
病み上がりパンダ
お気に入りの場所で
長々と横たわるパンダ。
気のせいか子どもの無邪気が消えていました。

1週間後には抜糸がある。
そのときまでパンダは
この格好で過ごす。
朝食時に化膿止めの錠剤を与え
食べ終えると
エサをかきわけ服用を確かめる。
あとパンダに必要なのは休息。
ひんやりした木の床で眠るばかりだ。

人間に置き換えるなら
10歳になったばかりの女の子に
予防的な避妊手術をすることに
どんな言い訳も成り立たない。

無制限に赤ん坊を産み続ける
パンダの姿が目に浮かぶ。
大勢の子や孫に囲まれたパンダは
幸せだろうか?
一方で野性を排除した
人間社会で生きざるを得ない
パンダの宿命にも思いがいく。
パンダの子どもや孫は
繁華街に捨てられた
彼女同様の運命をたどらないか?

あてなく思い巡らす私の側で
パンダは耐えるという言葉通りの風情で
眠り続けている。
パンダは我慢強い子だ。

私が体をさすってやると
パンダは喉を鳴らして喜び
ふたたび眠りに落ちる。
彼女の夢にでてくるのは
母親と過ごした短く甘い日々か
それともかなわなかったわが子との生活か?

早くよくなろう。
ガンバレ パンダ!!!

引越し準備中

6月いっぱいで会社をたたむことにした。
1981年に友人たちと会社を興したのを皮切りに
32年にわたる会社生活を終えようとしている。
学林舎 情報市場 コズモワールド

人生に悔いがあるとすれば
一度もボーナスをもらわなかったこと
見合いをしなかったこと。
ボーナスはともかくとして
「遠雷」(著:立松和平)の主人公のように
見合いのあと「モーテル行くべー」と
一度は誘ってみたかったなあ。

上記のやや風変わりな社名の会社は
いずれも出版・編集の仕事である。
4月末からはじまった引越しの準備は
それゆえ紙との格闘となり
現在も継続中である。

紙 紙 紙
ゴミの収集日に出す
紙がぎっしり詰まった袋は
これまでで20数個を数え
6末までにこれと同数のゴミを出す必要がある。
経理関係の書類はゴミとして捨てるわけにいかず
業者に処分してもらうことにした。
1立方メートルあたり8千円の処理代。
1万6千円くらいは覚悟しなければならないだろう。

従業員がいなくなった2年前から
私は会社に住んでいる。
会社の引越しに個人のものも加わり
作業は煩雑を極めている。
こちらも紙との戦いだ。

阪神大震災の直後に
私は身辺を極度に簡素化し
すべて1つしか所有しないことに決めた。
布団1組 鍋1つ 大皿1枚 箸1膳というように。
そのとき手をつけなかったのが本と洋服である。
今回はその聖域にも踏み込んだ。

古本として処分するのが約300冊。
それでも残る本は引越し先の
淡路島に運ぶしかない。
こちらも大変だ。

服の処分においては
これまでの原則を破った。
大切な人からもらったものは
服に限らず捨てなかったのだが
今回はそれらも処分の対象にした。
本を捨てるのも悲しかったけど
思い出と慈しみがしみこんだ服の廃棄は
それ以上につらかった。

このように原則を替えたことによって
引越し作業は
従来までの転居とは違う趣となった。
私は子どもたちの大事なプレゼントと別れ
親兄弟、親友、別れた恋人などがくれた贈り物を
捨てなければならなかった。

これまでの引越しが未来への準備であるなら
今回の作業は過去の清算と
死に向けての身辺整理の様相である。
私は楽しい記憶に彩られた数々の服に
笑顔で別れを告げた。

そんな作業をするうちに
何の脈路もなく
晩年の母が便所に張っていた
紙切れの言葉が浮かんできた。
「神よ 
変えることのできるものについて
それを変える勇気を
変えることのできないものについて
それを受け入れる冷静さを与えたまえ」

出典を調べると
アメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの
「静穏の祈り」の言葉だった。
どんなつもりで母はこれを張ったのだろうか。

もちろん死は変えることのできないもののひとつである。
私もそれを冷静に受容できる勇気を与えたまえ
と母と一緒に祈ろうか。

ゴミ袋の山

廊下はご覧のように
ゴミ袋に占領されています
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