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ワォー!!!

孫誕生までを
息子のメールでたどれば
次のようになる。

4月22日 9時59分
陣痛がはじまり入院
4月22日 23時36分
明日まで持ち越しそう
4月23日 20時26分
出産明日の朝に持ち越し
4月24日 20時05分
産まれたて(メッセージと一緒に孫の写真)

時系列を追うだけでも
難産ぶりがわかる。
4月22日から約48時間陣痛の痛みと戦い
4月24日の朝に子宮孔が開くが出産に至らず
4月24日15時前に帝王切開で赤ちゃんが誕生した。

二人目の孫も女の子だった。
名前は和緒(ワオ)ちゃん。
「ワォー」は私の口癖だから
私の孫みたいだ(あんたの孫やって!!笑い)。
家族・親族などの反対意見はただ1つ。
「ワォーって、いつもびっくりしてるみたいやん!」

翌日東京に行き
孫と対面してきた。
髪の毛が真っ黒でしかも多い。
息子の報告では私そっくりとのことだったが
目と丸い顔の輪郭は私に似てるかも。
だが鼻から口にかけては明らかに嫁の血筋。
うれしいことにとても活発で
元気一杯の子であった。
ワーイ産まれたよー
ワーイ、生まれてきたよー
26日には
シンガポールから娘夫婦と孫もやって来て
焼肉屋で和緒ちゃんの誕生祝をする。
娘も難産の末の帝王切開だったので
話題は苦しいお産が中心となる。

その中で聞いた息子からの美しい話。
陣痛に苦しみながら出産できない深夜に
嫁が息子にこう言った。
「あなたがいたら依存しそうだから
今日は家に帰りお風呂に入ってぐっすり寝てきて」と。

言われるままに家に帰ったが
心配な息子は病院に引き返し
病室のドアをそっと押した。
真っ暗な部屋で彼女は
瞑想する姿勢でベッドに座り
深く息を吸っては大地の方に吐き出し
子どもを押し下げようとしていたらしい。

部屋には彼女の呼吸音だけが聞こえ
座った彼女の体全体からは
どんなことをしても自力で産んでやるという
強い決意があふれでている。
薄闇の中で外光のあわい色で縁取られた
彼女の瞑想する姿は神々しく
息子は感嘆しながら
しばし彼女を見つめていたと言う。
いい話でしょう?

その中で聞いた娘のけしからん話。
息子からの電話で産まれた孫が
私そっくりと聞かされた娘はこう慰めたらしい。
「お兄ちゃん心配せんでエエって。
ウチの子も産まれたときはお父さんそっくりやったけど
今はあんなに可愛なってるやろ?大丈夫やって」
ひどい話でしょう?

あぁ、でも家族の行事はいつも楽しい。
マユちゃん、元気な子どもを生んでくれてありがとう。
やっぱり私は幸せ者なんだわあ。
パンダ
今体重が2・9キロのパンダ。
産まれたばかりでもう
和緒ちゃんに体重を追い抜かれ
パンダは「ワォー」と叫んでいます。

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ある手紙

私たちの団体名は
「NPO福島ハーメルン・プロジェクト」に由来する。
名前の一部「ハーメルン」は、
言うまでもなくドイツ北部の都市の名前である。
あまり知られていないこの町を有名にしたのが
グリム童話にも採録された
「ハーメルンの笛吹き男」である。
(ちなみにドイツでは「ハーメルンのネズミ捕り男」)

福島第一原子力発電所の敷地内で
ネズミが原因の停電により
冷却装置が機能不全となる事故が頻発している。
「ハーメルン・プロジェクト」の創始者志田守さんは
このような事態を想定したわけではないだろうが
東電の福島原発は
マジで「ネズミ捕り男」を
必要としているのではないか?

あまりにも家庭的な動物と
原発の組み合わせの滑稽さは
当初からこの事故に付きまとっていた。
致命的な事故を起こした原因が
地震と津波に因するとはいえ
これまた家庭的な停電と断水。
タービンを回す湯を得るのが目的の燃料に
核分裂を使う大げささ。
これこそ原子力エネルギーと
私たちの日常生活とのズレを象徴するものだ。

効果もなく遅延する一方の除染作業 
除染をめぐる不透明な金の流れ
深刻度を増す子どもの甲状腺ガン
内部被曝への恐れ
放射能汚染による憂慮すべき食事情
増え続ける汚染水
不安定な使用済み核燃料棒の保管方法
流れ出た汚染水による海の汚染
行き詰まる補償問題
帰還と天秤にかけられる補助の打ち切り
こうして並べるだけでも
原発事故は終息どころか
これからが本番の様相である。

とりわけ4号機は一触即発の状態である。
4号機のプールには
使用済み核燃料棒が1535本保管されている。
これは広島に投下された原爆4000発分とも言われる。
震度6程度の揺れで
プールは倒壊の恐れがあり
そうなれば福島どころか
日本も世界もおしまいである。

このような状況にも関わらず、
政治家や財界人は
口を開けば「再稼動」である。
わずかな経費節減のために
たかだか利益増大のために
金持ちのマネーゲームにすぎない
国際競争力強化のために
地球を滅ぼしかねない選択が
なぜできるのか。
ここにも結果の甚大さと不釣合いな
あまりにも家庭的な欲が対置されている。
そんなコマイ(小さい)問題やないやろう。
地球規模の危機を前に
経費や利益や言うてる場合か
と怒鳴ってやりたくなる。

福島のニュースを見るたびに
私は無力感でいっぱいになる。
私たちの活動はこれでいいのか
キャンプに呼べる人たちは数名
尿検査がどれだけ役に立つのか
これらすべては自己満足でないのか
と私はしばしば自身に問わざるを得ない。

このようなときに
春キャンプの参加者から手紙をもらった。
6歳の娘さんが書いた
「キャンプの思い出」に添えられてあったものだ。
許可を得て転載させてもらうことにした。

支援してくださった皆様へ
今回も参加出来て本当に、うれしくおもいました。
大変お世話になりました。
東日本大震災から2年が経ちました。
福島の状態は悪くなる一方です。先がわかりません。
でも前を見るしかないんです。
暗闇の中を2年歩き、まだ光がみえません・・・・・・

昨年、保養に初めて兵庫県に行き、6歳の娘が
「葉っぱに毒ついていない?」「いっぱい空気すっていい?」
「マスクはここでは、いらないの?」「なんで福島は放射能あるの?」
心が痛くて、涙がとまりませんでした。
普通の事が普通でなく、普通でない事が普通に
なってしまいました。
福島の子供達、夏なのに白い肌の子が多いんです。
お外遊び出来ないから・・・・・・
こんなんでいいのかな・・・、ダメだよなあ・・・・・・
兵庫から福島に帰り、色々考え。今年から米沢(山形県)
に避難する事にしました。

保養に参加させて頂き、普通の事をやらせたいと思いました。
私達の命を助けてくれてありがとう。
その言葉しか出てきません。

兵庫の方、全国の皆さんに沢山愛をいただき、
この愛は一生忘れません。
そして、また福島から愛を送る事が出来るよう
私達もつなげていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

私たちはこのような励ましの手紙にすがりつき
かろうじて活動を続けられている。


赤いブラジャーとムーンウォーク

3月9日からはじめた前立腺の治療も
1ヶ月が経過した。
3月09日 薬服用開始
3月19日 ホルモン注射初回
4月02日 採血と検査 尿の勢いの検査
4月16日 2回目のホルモン注射

病院通いは面倒だけれど
治療はきわめてシンプルである。
毎朝2種類の薬を飲む。
月に2回注射を打つ。
たったこれだけだ。
目的は男性ホルモンの抑止

排尿はスムーズになったし
頻尿もかなり改善した。
劇的な効果を実感していたが
血液検査でもそれが裏づけられた。

昨年の12月23日に
38.5あった腫瘍マーカー(PSA)が
なんと1.79まで落ちた。
正常値が4.00以下であるから
数字的には完全に治ったわけだ。

先生は自信たっぷりに
「0.001くらいになりますよ」と言う。
どうしてそこまで下げる必要があるのか。
正常値を下回ったら
それでいいのじゃあないの?
「いつホルモン注射と薬の服用を止められますか」って
今度先生に聞いてみよう。

数値が下がったのは
薬と注射のせいだけではない。
東京に住む息子が私の病気を憂慮し
「SOD様食品」という変わった名前の
栄養補助食品を送ってくれ
私は毎日3食それを摂取しているのだ。
この影響も見逃してはならない。

「SOD」とはスーパーオキサイドディスタムターゼの略。
増えすぎた活性酸素を除去する酵素のことである。
活性酸素は老化やガンの元凶と言われている。
だから当然前立腺にも効果があるに違いない。

いかに効き目があろうと
どこのだれが開発したものかわからないなら
私はこの種の補助食品を食べない。
しかしこの食品は
私が密かに息子の恩人と感謝する
土佐清水病院の丹羽博士が開発者と知り
とにかく試してみることにしたのだ。

息子は2歳のときから
ひどいアトピーに悩まされた。
幸い顔には出なかったが
腹部・背中・腕・足は特に重症で
まじない以外のあらゆる療法にすがったけど
改善しなかった。

どこで知ったか忘れたが
高知にアトピーを治してくれる病院があると聞き
高校2年の夏休みに
息子をそこに入院させた。
1ヶ月近くたって戻ってきた
息子のツルツルの体を見て
感動のあまり腹部に頬ずりをした私は
いつまでも彼を離さなかった。
この病院の院長が丹羽博士だったのである。

胚芽・大豆・米ぬか・ハトムギ・小麦・ゴマなど
すべて天然素材で作られるこの食品は
確かに体に良さそうである。
しかしながらまずい。超まずい。
そして高い。ホンマに高い。
今は息子からのプレゼントを使ってるけど
なくなったら身銭を切ってでも
これを食べ続けよう。
なにせ丹羽先生が開発したのだから・・・・・・。

ホルモン注射と薬の服用で
懸念された女性化の問題と
更年期障害のような症状
ほてり 発汗 頭痛 めまいなど副作用は
今のところ大丈夫である。

胸が大きくなる私の女性化は
本人ばかりでなく友人たちも興味津々。
2年前の誕生日を盛大に祝ってくれた
ピースボート仲間が
今年もお祝いをしてくれるとか

楽しみなバースディープレゼントは
女性化への備えとして
真っ赤なブラジャーだそうだ。
白くなった胸毛の上に
この赤いブラジャーを着けて
得意のムーンウォークでも
お礼に踊ってやろうかなー。
お気にの場所
 
パンダも女性化(もともとだけど)し
おっぱいが大きくなってきています。
来月には避妊手術か
いやだなあ。


運の強さ

あぁ、びっくりした!!!!!

通常なら金曜日から淡路に行って
週末を過ごすところ
今週は土日に用事があるため
西宮の家にいた。

朝早くに目が覚めてしまい
ベッドで本を読んでいると
突然エリアメールが入った。
「5時33分 緊急地震速報
播磨灘で地震発生
強い揺れに備えてください」

播磨灘って豊岡のあたりだったけ?
そんなことを考えている間もなく
急にグラッときた。
・・・・・・播磨灘はログの前の海でなかった?
ということはまた淡路島で地震が・・・・・・?

強い揺れが収まると同時に
友だちからの電話が鳴りはじめた。
震源地は淡路島で、揺れの強さは震度6弱。
二度と大地震に遭遇することはないと見切った
根拠のない自信が見事に裏切られた瞬間だった。

真っ先に頭をよぎったのは
2週間前でなくってよかった
との思いだった。

3月28日~4月1日は
淡路島の福島から子どもたちを招き
ログハウスで保養キャンプをやっていた。
2週間前の今日は釣り大会の予定だった。
6名の子どもと3名の大人にスタッフが2人。
もしその日に地震に見舞われていたら・・・
そう想像するだけで恐ろしくなった。
またしても私の悪運の強さに救われた。

ログハウスの立つ地の住所は
淡路市野島平林56である。
18年前の阪神大震災は
野島断層が引き起こしたものである。
今回はその少し南の断層が動いたらしい。

野島断層はログハウスの目と鼻の先にある。
ネット環境を使える人は
「野島平林」で検索してもらいたい。
私の住む前の断層を駆け抜けた地震が
そのまま明石海峡を渡り
神戸を襲ったのである。
7
ログのテラスから見える断層。
写真中央のこんもりした部分。
阪神・淡路大震災で1m強隆起したらしい。

ここ野島平林は
断層がもっともズレた場所として
世界の地震学会で名高い。
それを物語るように
阪神大震災における
野島地区の死者は11名、重傷者は14名を数え
淡路島で最大の被害を出している。

国指定の天然記念物として保存した野島断層は
ここより数キロ南にある「北淡地震記念館」で見ることができる。
当初最長の野島平林の断層を保存する予定が
いくつかの事情から現在地に落ち着いたらしい。
ここに記念館が建っていれば
私はここにログを建てれなかったろうなあ。
あくまでも運の強い私である。

昼前に建物の安全を確かめるため
淡路へ渡ることにした。
JRは不通なので高速バスを使い
ログハウスに向かった。
何事もなかったかのように
淡路島はいつもの通り静かで
空と花と海がきれいだった。

ログハウスはびっくりするほど被害がなかった。
一番心配したのは
図書室の本棚の倒壊であったが
本が1冊滑り落ちていただけだった。
3月30日にはその部屋に
母親と息子、娘の3人が寝ていた。
改めて私は自分の運の強さに感謝した。
8
この本が子どもたちの上に
降りかかったかも知れないと思うと
背筋が凍る

運がよいといえば
土曜日に西宮にいたのは
明日の朝に行われる
KGファイターズのイベントに行くためだった。
年に一度の紅白戦。
新チームのお披露目にも救われたわけだ。





至福の一日

爆弾台風が去ったあとには
鮮やかな青空が残された。
春先の日本の大気には珍しく
日影に入ればひんやりと上着がほしくなり
日向ではTシャツでも暑いくらいだった。

あんまり気持ちがいいので
テラスにデッキチェアを持ち出し
本を読むことにした。
風は涼しく 日差しは暖かい。
5
読んでいるのはこのところのお気に入り
ベトナムの禅僧であるティク・ナット・ハンさんの
「禅的生活のこころ」。
この人の本はどれもすばらしい!
レンガの上の飲み物がモヒートだ。


遠くに小豆島が見え
播磨灘を真っ白な大型客船が横切っていく。
あまりの幸せに
読書を何度も中断し
見上げた空の青さで心を染めた。

のどが渇いたので
冷たいものを飲もうと思った。
何かないかと庭を物色するうちに
ミントの若芽を見つけた。
ミントといえば「モヒート」でしょう!
「いつの飲むの?」「今でしょう!!」
というわけで「モヒート」を作った。

「モヒート」はキューバのカクテルである。
ヘミングウェイが愛好したことで
有名になったラムベースの飲み物だ。

さまざまなレシピがあるけれど
私はテキーラを使う。
レモンがないためレモンチェロで代用した。
氷とミントを加えソーダで割れば出来上がり。

ロンググラスは汗をかき
太陽が滴るしずくの中で踊る。
うまい!!!至福!
こんなときに私は
日本一、いや世界一幸せ者だと思う。

私には老後に十分な蓄えがあるわけではない。
西宮の家は事務所兼用の借家。
唯一の財産といえるのは
このログハウスだけである。
金はないけど友だちに恵まれ
子どもたちは
それぞれの道を自由に歩み
去年からはメスネコのパンダも家族の一員になった。
6
隙間からのぞくことが好きなパンダ。
お前が慈愛の心を運んできてくれた。
ありがとう、パンダ。

三度の飯に不自由することなく
大勢の仲間との酒盛りだって楽しめる。
ログで自然に根ざした生活を送れば
金なんてわずかしかいらない。

これ以上何を望むことがあるだろうか。
私は朝起きるといつも
「お前のような幸せな人間はおらんで」と
鏡の自分に語りかける。

ありがとう私の守り神、サムシンググレイト。

気づきの瞑想

爆弾低気圧が北上中らしく
神戸近辺の海も大荒れの予報なので
久しぶりに家でくつろぐことにした。

1週間ずれてよかった。
キャンプをしていた先週の今日なら
釣りやバーベキューなど
外遊びイベントと重なり
子どもたちはきっとがっかりしたことだろう。
超晴れ男の私の神通力がものをいった。

朝から読書をしながら
目が疲れると
筋トレや片付けをしている。
手紙とDMの山から
2月13日~3月11日の
電気使用量のお知らせが出てきた。
さらに使用量は下がり
ついに82kwhとなった。

暖房なしの生活を2シーズン経験し
何がよかったかと言えば
生活と丁寧に向き合うようになったことだ。
布団から出ると寒さに気づき
どこをどのような方法で温めたらいいか考え
体がどんなふうにぬくめられていくかを感じ
気温の変化への対応を準備する。

仏教ではこれを「気づきの瞑想」と呼ぶ。
呼吸をする 歩く 座る 食事をする 電話をかける
これらの日常の動作の瞬時瞬時を
習慣的に行うのではなく
所作すべてを意識に上らせ
心を留めながら行動するのが
「気づきの瞑想」だ。
1

たとえばお茶を飲むときには
何も考えず
ただただお茶を飲む。
ご飯を口に入れれば
ひたすら食べることに集中して噛む。

このようにひとつひとつの動作に心を込め
何が得られるかと言えば
自分が関わる世界に深く触れることができ
過去や未来の悔恨 不安などは妄想であり
それぞれの一瞬一瞬にしか
真実の人生との接点がないと気づける。

私はこれが結構好きで
さまざまな機会に「気づきの瞑想」をやる。
いっぱい執着のある私は
悟りの境地に達することはないだろうが
自分を知り 高め 人生の目的を探るには
仏教の教えがベストだと思う。

クリスチャンホームで育った私が
仏教に出会ったのは60歳を超えてから。
もっと早くこの門を叩いていればなあ・・・・・・
2

キャンプに来た子どもたちの元気に圧倒され
イライラしていたパンダも
ようやく本来の可愛さを取り戻しました。


キャンプレポート第3弾

4泊5日の春休みキャンプが終わった。
伊丹発14時50分の飛行機は
定刻より10分早く福島空港に着いた。
とにもかくにも
ひとりのけが人も病人も出すことなく
無事終了してよかった。

到着から出発までスケジュールを
ざっと書き出せば次のようになる。

3月28日
伊丹空港到着
新大阪のクリニックで尿検査
(無料で甲状腺のエコー検査もしたもらった。ラッキー!)
昼食に中華料理を食べる
ログ到着後淡路島名物露天風呂へ
たこ焼きパーティ
3月29日
西宮に母子避難している家族3名が合流
淡路島牧場でバター作り、乳しぼり体験
花さじきで菜の花を見る
ログのウッドデッキでウエルカムパーティー
・ポテトサラダ エビフライ ハンバーグ 春野菜のパスタ
3月30日
魚釣り大会(釣果 小さなガシラなど5匹)
淡路島公園でサッカー・水遊び・野球など
ウッドデッキでバーベキュー
・淡路牛 タンドリーチキン ソーセージ ガシラ  
3月31日
「おのころランド」で遊ぶ
春キャンプ記念の植樹(アーモンドを植える)
キャンプの旗作り
皮から餃子作りに挑戦
デッキでフェアウエルパーティー
・藤井さんのバイオリンとギターのライブ
・サプライズでスタッフ全員が
震災ソング「幸せ運べるように」を披露
(久々にみんなの前でギターを弾く)
4月1日
神戸を散策
・慰霊と復興のモニュメントを訪問
・旧居留地で昼食
シャトルバスで伊丹に

こうして書き出してみると
いろんなことをやったものだ。
キャンプ中に自分を見つめる目的で
作文を課そうとしたが
ものの見事に挫折。
ありったけのエネルギーを費やし
遊びをむさぼる子どもたちに
とても記録を書けとは言えなかった。
それでよかったのだ。
福島の子どもたちは
猛烈に外遊びに飢えている。
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