スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キャンプリポート第2弾

28日にはじまったキャンプは
早くも3日目を迎えた。
今日 明日の土日には
ジョイントチームのメンバーも多く加わり
朝食もそこそこに子どもたちを連れ
海釣りへと出かけていった。

居残り組みの私は
カレーライスの用意をする。
子どもたちの元気のよさには
毎朝圧倒される。

6時過ぎには床を離れ
ほとんどの子が
大きなパンをペロリと2枚。
大人は毎夜遅くまで飲んでいるのだから
食欲がなくて当然か。

午後は魚釣り続行組と
スポーツ組 家事手伝い組に別れ
思い思いに過ごす。
今朝の釣果も加え
夜はバーベキューだ。
大人11人 子ども6人 乳児1人 総勢18名。
このログでの最大のパーティーは
53人だからしれたものである。
まあ頑張っていこうぜ。

昨日は朝ごはんを食べたあと
南あわじにある「淡路島牧場」と
「イングランドの丘」で遊ぶ予定が
パンダの行方不明事件で
出発が大幅に遅れ
「淡路島牧場」だけに終わった。残念!

地味な淡路島牧場で
子どもは喜ばないと思ったが
杞憂だった。
まず乳牛の図体と巨大なおっぱいに驚き
「バター作り」と「乳しぼり体験」に
子どもたちは目を輝かせた。
私自身はあっという間にできる
カッテージチーズ作りに魅せられた。

鍋に牛乳を入れ
沸騰するまでわかす。
火を落とし表面の膜を確かめ
酢 レモンなど酸味のある食品を加え
かき回すとチーズが出来上がる。
それを布巾でしぼれば完成。
試食をしてみたがなかなかいける。
手作りバターと共に
これからはバターもチーズも自家製にしよう。
2

子どもたちがいない
静かな環境になり
パンダは久しぶりに安らいでいます。
3

 
スポンサーサイト

キャンプ1日目

1日遅れのレポート。

淡路島から神戸三宮に出て
シャトルバスに乗り換え
今伊丹空港に向かっているところだ。

福島空港発9:15-伊丹空港着10:30
この飛行機に乗って
福島から2家族6名がやってくる
その出迎えが一時保養キャンプのスタートとなる。
ここに西宮に避難した1家族3名が加わり
総勢9名で4泊5日キャンプを張る。

バスは阪神高速に入り
大阪方面を目指している。
車の流れはスムーズだ。
予定通り40分で空港に着く
とのアナウンスがあった。

幸い雨は上ったけれど
空は灰色の雲に覆われ
太陽は望めそうにない。
気温はかなり高く
予報ではキャンプ期間中は
高温で晴れの日が多いとのこと。

福島からのキャンプ参加者と
防寒対策について
何度かメールのやり取りをした。
厚手の服を用意するか否かでは
旅支度がまったく変わってくる。
私は「超晴れ男」の威信にかけ
軽装を勧めた。
外れなくってよかった。

今日の予定は
伊丹到着後すぐに新大阪へ移動。
駅近辺のクリニックで尿検査をする。
そのあとどこかで食事をし
電車・船・車を乗り継いで
淡路島のログハウスまで行く。

キャンプ参加者は
旅の疲れを洗い流すために
淡路島自慢の露天風呂で温泉三昧。
その間にスタッフは
ミニウエルカムパーティーの準備をする。

料理はお好み焼き&たこ焼き。
名刺代わりの家食粉モンで
関西人の意気を見せるとしよう。
たこ焼きパーティーは大成功。

福島の子どもたちも
関西人に負けないくらいの力を発揮した。
1

問題はパンダ。
突然現れた子どもたちに逃げまどい、
数度の行方不明となった。
今となればこの平和な眠りが
懐かしいパンダである。

治療は続く

今週の火曜日に
ホルモン注射を打った。
はじめての経験である。
正式にはゾラデックス3.6mgデボ 1筒と言う。
これがめったやたらと高い。
1発が1万円強。
麻薬並みの値段だ。


月に一度しか注射せずに
男性ホルモンを抑制する効果を
どう持続させるのかと思っていたが
この「1筒」に答えがあった。
私は好奇心旺盛なので
不明な点はすぐに質問する。

それに答えて
看護婦さんは注射器を示し
長続きの秘密を明かしてくれた。
この特殊な注射器は
通常注射液の入る部分が
普通の注射器より太く 短く
そこに金属の棒が入っている。

この円筒の中に
さらに管状のカプセルを注入し
発射する感じで私の腹部に
それを打ち込むのだ。
カプセルは1ヶ月かけて徐々にとけ
効き目が持続する。
世の中なるほどうまくなっている。

前立腺の肥大を治療する薬もすごかった。
その粉薬一見するとなんでもないのだけど
ナノテクノロジーを応用したとかで
砂糖よりさらに細くサラサラした
1粒 1粒が極小のカプセルになっていて
胃での吸収を避け
無傷(?)で腸に到達させるために
薬剤をカプセルで包むのだそうである。
うーんすごい。

病気と無縁の生活を送ってきた私などは
このような先端医療技術と触れ合う機会がなく
見るもの聞くもの驚きばかり。
これも病気になってのいいことの一つだ。
8

医療と言えば
この美しいパンダも
4月になれば避妊手術を受ける。
いやだなあ。悲しいなあ。
いつまでも乳児でいてくれればいいのに。

緊急にお願いしました募金の総額が
3月22日現在40万円を突破しました。
皆さまありがとうございます。
春のキャンプは来週です。
その費用の一部としても活用させていただきます。

缶バッチ

資金を集めるために
缶バッチを作ることになった。
募金箱に続くM作戦第二弾である。

春休みの一時保養キャンプ
それと「DNAの損傷を測る尿検査」。
この2つを成功させ
たとえば100人の子どもに
尿検査を受けさせるとなれば
およそ100万円の資金が必要である。
できることは何でもやらなきゃあ。

デザイン案がまとまり
10パターンばかりできあがった。
このブログで何度も言ったけれど
私の絵心は限りなくゼロに近い。
にもかかわらずデザインの仕事を
30年近くやっている。

放送局のポスターを作ったこともあるし
海外旅行のポスターも作った。
パンフレットや表紙デザインなどは
100冊を優にオーバーしているだろう。
こんな芸当ができたのは
常にイラストレーター兼デザイナーの
藤井一士さんという存在があったからだ。

今回も藤井さんに共同制作をお願いした。
役割分担は私がコピーを書き
仕上がりイメージ伝え
幼稚園児にも劣る絵コンテを描き
あとはすべて藤井さん任せ。
すると驚くほどすばらしいデザイン案が
仕上がってくる。

とりあえず
いいかなあと思える4案を
ブログに上げてみた。

皆さまはどのバッジなら
寄付金代わりに
300円~500円払ってもいいと
お考えでしょうか?
7

もうひとつ藤井一士さんについてお願いです。
このようなすばらしい腕をもちながら
藤井さんは現在
イラストの仕事に恵まれていると言えず
才能を十分発揮できないでいます。
藤井さんにふさわしい仕事が
何かありませんか?
声をかけていただければ幸せです。
9
寝相の悪いパンダは
指人形のバッチがお気にらしいです。

治療はじまる

経過はこのようだった。
12月17日 前立腺腫瘍マーカーの検査結果が38.5と出る
01月23日 再検査でも35・2で改善せず
02月07日 針生研による細胞検査の予定をキャンセル
03月01日 針生研に代わる造影剤を使ったMRI検査を実施
03月09日 検査結果が出る

以下が医者の見立てである。
腫瘍が皮膜を超えて広がっている。
ガンの疑いは濃厚だけれど
最終的な判断は針生研による
細胞検査で下すしかない。

この説明を聞き私は
これ以上の検査は時間の無駄と考え
治療の開始を医者に促した。

ガンという言葉を使おうが
肥大と呼ぼうが事実は変わらない。
浸潤した悪性の腫瘍を
どうかしなければ
さらに悪化するだけである。

治療法はこう説明された。
前立腺を超えて腫瘍が広がっているので
すぐの手術はできず、
まず腫瘍を小さくする。
そのために内分泌治療を行おう。
この治療法 何をするか平たく言えば
日に1度のホルモン剤の服用と
月に1度のホルモン注射によって
腫瘍マーカーの改善を図ろうというのである。
何とも簡単な治療ではないか。

私はその日からの薬の服用を申し出た。
最初の注射は3月19日に決まった。
いずれも活発な男性ホルモンの抑制が目的である。
副作用が問題と言えば問題である。
性機能が低下し ひげが薄くなり
時には女性化して乳房も大きくなるらしい。
いずれもゴッツイ体の私には似合わない。
しかし私の年で別の性を生きることには
かなりの興味がある。おもしろそう。

はじめて前立腺に異常を感じ
診察を受けたとき
肛門から指を突っ込まれ
私は悶絶しそうになった。
その間の事情を
昨年の12月20日のブログで
私は次のように書いている。

手短に言えば
肛門から指を入れて
前立腺をグイグイ押すのである。
痛さはさほどでないが
何せ浣腸状態ではないか。

「我慢できますか」と医者。
「いやダメです トイレに行かせてください」と私。
「もう少し頑張って」と医者は言いながら さらにグイグイ。
「ダメです先生 イカせてください イカせてください」と私の絶叫。
かくして診察室からは
ポルノ映画まがいのセリフが
漏れ聞こえることになったのだった。

願わくばホルモン療法で女性化した私が
本気でこのようなはしたないセリフを
口走る事態だけにはなりませんように。
8

ホルモンの治療のせいで私は
日々メスのパンダの性に近づくのだろうか。

緊急募金の総額は28万円を超えました。
パンダ共々お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

SG

すべての結果には
何らかの原因がある。
結果を遡れば原因に行きつき
原因をたどると結果と出会う。

仏教には次のような教えがある。
「善因善果」「悪因悪果」「自因自果」
善い原因は善い結果を生み
悪い結果は悪い原因に由来し
自分が招いた結果は
自分が蒔いた種がその原因である。

またこんな言葉もある。
「現在は過去の結果であると同時に
未来の原因でもある」と。
ここから仏教では
「いま ここ この瞬間」を生きる大切さが
強調される。

仏教の「因果説」には
昔から根強い反発がある。
たとえば津波に命を奪われた人には
どのような悪い原因があったのか
という反論はその代表格である。
先天的に障害をもって生まれた人はどうか?
子どもの不慮の死の場合も
その子自身の「悪因悪果」のせいか?
などの難問に答えるのはたやすくない。

仏教ではそれを「縁」で説明し
「前世」と「来世」の時間軸を導入し
「輪廻転生」へと結びつける。
つまり「悪因」は今生の振る舞いばかりでなく
「前世」でのその人の行動も含まれ
当然今生で作り出す原因は
「来世」での「悪果」ともなりうるのである。

私には「前世」「来世」「輪廻転生」の真偽がわからない。
そのため私は
分子生物学者の村上和雄さんの言葉を借り
仏教の因縁にあたるものを
「SOMETHING GREAT」と呼ぶ。

私にとっての「前世」とは
私の両親・祖父母・何代も続く親類縁者
あるいは縁者を囲む数知れない友人たちが
生き抜いてきた時代のことである。
彼ら「SOMETHING GREAT」は
その時代と環境とにかかわることで
独特の体質・性格・言葉・表情・好みなどを作り上げ
代々それを申し送って私の現存在に顕現している。

私のどこをとっても
独力で作ったと言えるものなどない。
私は「SOMETHING GREAT」が
たまたま私の体を使って今を生きている存在であり
私は彼らの遺産を継承しているにすぎないのだ。

私はなぜ神戸にいるのか?
関西弁をなぜ使うのだろう?
目が細く 鼻が大きい風貌はどこからきたのか?
自由な女性が好きなのはなぜ?
酒をよく飲み 笑うことが大好きで
近視だけど体は頑健。
フットボールを好み
口笛を吹き
音楽が鳴ると踊りだし
現象より本質に関心があり
山より海が好きで
金儲けはへたくそ。
好奇心が強く
いつも夢見がち
小さな手足で
よく転ぶ。
これらの多くは
「SOMETHING GREAT」から譲り受け
私の一部になっているものである。

「来世」とは私の死後
子どもや孫 孫の孫 そのまた孫の孫の孫や
私に縁のある親類縁者、友人たちが生きる時代である。
私が死ぬ瞬間まで
心の浄化に努めるのは
「輪廻転生」によって
悪い世界に落ちたくないからではない。
死ねば「SOMETHING GREAT」の一員となり
子どもたちを見守る立場の私の振る舞いが
彼らの悪因とならないように気をつけたいからである。

「SOMETHING GREAT」を
私は親しく「SG」と呼び
日に何度も声をかける。
「SG」は私を常に守ってくれる存在である。
その一方で長い年月にわたって引き継いだ
さまざまな資質の総決算として
私に運命を与える。
運命には善悪はない。
ときに厳しくあり
ときに穏やかであるだけだ。

「SOMETHING GREAT」は
私に阪神大震災に遭遇させた。
しかしながら肉親はひとりも死なず
13人の友だちが亡くなった。
この運命は厳しいのか
穏やかなのか。

穏やかな試練なら私は「SG」に感謝し
つらすぎる運命に遭うことがないよう
「SG」に祈り続ける。
しかしこの祈りは叶えられことはない。
なぜならそれは「SOMETHING GREAT」から受け継いだ
すべての環境の必然的な結果であるのだから。
私は「それが『SOMETING GREATの意思なら』と唱え
運命を受け入れようとする。

福島の被災者の一人ひとりにも
その人たちの「SG」がついている。
彼らは日々自分たちの運命が
これ以上厳しくなりませんように
と祈っているのだと思う。
私たちも心をひとつにして
その祈りに加わろう。
201302242046000.jpg

人間の年齢で言えば9歳のパンダ。
ゴミ箱が大好きなパンダも
被曝していれば尿検査を受けなければならない年です。
皆さんから寄せられた募金は20万円を超しました。
ありがとうございます。
いっそうのご支援よろしくお願いします。


ありがとう、皆さん 本当にありがとう

ブッダとは目覚めた人という意味である。
覚めるためには気づきがなくてはならず
気づきは現実を深く見ることによって得られる。
このシンプルで困難な教えが
仏教の真髄である。

私のような凡人が従来の環境を変えずに
深く見ることはむずかしい。
たとえば節電で便利な生活を放棄してみよう。
そうすればたちどころに気づきが生まれる。

ありきたりの生活をしていると
暖房をつけるという意識もなく
なんとなくリモコンを押し
流れる暖気にありがたさも感じず
目を細めている。
それ以前に寒気を覚える以前に
習慣で暖房するのが当たり前になっている。

自分の動作ひとつひとつに意識を向け
一挙手一投足を確認しながら生活を送ると
細部に注意が集中でき
目の前の事実がありのままに見えてくる。
仏教では歩く 食べる 座る 寝るから
畑仕事をする 便所に行くにいたるまで
自分の行動に意識を集中させる。
これが気づきの瞑想法と呼ばれるものである。

寒さを実感しながら
防寒への備えをすることで
私という存在と周囲との関係性がわかり
事物を深く見ようという思いになる。
普段の生活で食事は
まず腹を満たすことであるけど
耐寒生活では暖をとることが食事の本質と気づく。

足の裏と腸を暖めれば
熱が全身に伝わりやすいことを発見し
綿と羊毛 化繊の違いを知り
どのように重ね着すれば
もっとも大きな熱量を得られるかも
深く見ることで会得できる。

気温の高低よりも
流れてくるのが暖気か冷気かで
体感温度は左右され
窓の大きさと向き
差し込む太陽の角度と方向
風の強さや
夜の星の瞬きによっても
寒さに変化がおとづれることを
私たちは予知する。

電子ブックと紙の本の違いは
紙の手触りのなさである。
私たちは紙にふれながら
木が紙に形を変えた旅に同行できる。

ある仏教の本にこんな美しい文章がある。
「一枚の紙を深く見る練修をすると、森が見える。
森がなければ、木はなく、木がなければ紙を作れない。(中略)
しかし木があってもこの紙は作れない。陽光が木を育てる。
雲が木に水をやる。土壌と鉱物とたくさんの他の現象が
その紙の顕現を助けている。木を伐る樵がいなければならないし
樵の昼ご飯のサンドイッチを作る惣菜屋や調理師や、
樵に給料を払う会社を経営する人も必要だ。これらのものはその紙の外に
存在しているのではない。これらは紙とひとつになっている」

(「死もなく、怖れもなく」ティク・ナット・ハン)

仏教の教えでは
固定化した実体はなく
生と死を繰り返す
絶え間ない流れだけが
この世の実相である。
死もなく 生もなく
何ものも死ぬことで生に継続し
生は死によって次につながる。

このような死生観からすると
放射性物質はいかに不自然なものかがよくわかる。
原発の燃料となった放射能は
死ぬことができない怪物である。
死ぬことができないものは
生まれることができないものであり
言葉を替えると絶対的に死んでいるものである。
このような存在が地球と相容れるはずがない。

3月28日からの春のキャンプには
6人の福島の子どもが集まる。
いずれも去年の夏キャンプをした子どもたちだ。
到着早々に新大阪のクリニックで
尿検査を受ける。

夏のキャンプに参加者した子どもは16人。
まだ10人の子どもが受診できずに残る
それぞれの家族のうしろに大切な友だちがいて
その子たちも含めると
およそ80人ばかりが
この検査を待っている計算となるのか。

放射能被曝から子どもを守るために
私たちは広く寄付を呼びかけたところ
1週間足らずで14万円もの寄付が集まった。
通帳記入に行ったものが
興奮気味に伝えてくれる名前と金額を聞き
私は電話口で涙が止まらなかった。
決して豊かでない人々が
自分のために使うべきお金を
福島の子どものために差し出してくれているのだ。

ありがとう、皆さん
本当にありがとう。
201302251256000.jpg

パンダも一言
お礼を言いたいそうです。

ア・リ・ガ・ト・ウ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。