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なんでこんなに早いねん!!!

もう7月も終わり。
何と早い時間の経過か。

子どものころは
時間がたつのが遅く
毎日退屈しながら
早く大人になりたいと思っていた。

年をくってからのこの速度感には根拠があると
昔何かの本で読んだ。
ある人の全人生に対する1年の割合が
その錯覚をもたらすとの説明だった(ように思う)。

たとえば2歳の子どもにとっての1年は
全人生の2分の1の長さ。
当然とても長く感じる。
しかし60歳の人にとっての1年は
全人生の60分の1の長さでしかない。
これで365日を割ってみる。365÷60=約6日
1週間が1日のように思える私たちの実感は
間違っていないのだ。

加齢と共に時の経過を早く感じるのは
ほかにも理由がある。
大人になれば毎日が
公私にわたって忙しい。

私はコズモワールドという会社を経営している。
大学生のテキストを作ったり
雑誌のインタビューを請け負い
それを記事にまとめたり
ポスターを作ったり
就職講座を企画・運営したり
いずれもデッドラインのある仕事ばかり。

制作する身になれば
たとえば2ヶ月先の締め切り日は
できればゆっくりと来てほしい。
しかし時は容赦なく過ぎていく。
焦りながら制作に没頭していると
締め切り日は目前ということになる。
つまり2ヶ月は
1週間くらいのスピードで
私の背をせっつく感じである。

私は1年365日酒を欠かさず
毎日誰かと飲む約束がある。
うれしい再会は待ち遠しく
また酒は時計に油を注ぎ
文字通り目前の出来事は
酩酊しながらすっ飛んでゆく。

もうひとつは私には1年を通して
大事な野球とフットボールのスケジュールがある。

4月に野球が開幕し
フットボールの春シーズンがはじまる。
9月 野球がクライマックスシリーズに向かうころ
秋本番のフットボールシーズンが開幕する。
1年で私がもっともエキサイトする季節だ。

私の母校(中退だけれどそう呼ぶ!)KGファイターズは
隔週で7試合を戦い
関西学生リーグの頂点を目指す。
9月から12月までのこの興奮の14週間は
ほとんど1日で過ぎ去る感覚である。
オープニングゲームでの快調な滑り出しを祝い
チーム状態に一喜一憂する間もなく
雌雄を決する最終戦の朝を迎える。

本当に1年は早いのだ。

という業も含めて
連載小説更新日が
アッという間にやってきた。

「なんでこんなに早いねん」とボヤキながら
第10話「山本優子 父親の名前を言いたくないのなら、今回は許す」
をアップした。




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水をやり続ければ

「サクリファイス」という映画がある。
旧ソ連邦出身のタルコフスキー監督の遺作。
調べてみると1986年の公開とあった。

映画は主人公である父親と幼い息子が
流木を荒地に植えるところからはじまる。

枯れ木を地面に立てると
父親は喉を痛めて声のでない息子に
修道院での昔話を聞かせる。

ある修道院の長老が
遠くにある山の中に枯れ木を植え
それに毎日水をやるよう弟子に命じた。
弟子は来る日も来る日も
水を入れた桶を山の頂上まで運び
命のない木に水をやり続けた。
数年がたったある日
その枯れ木に見事な花が咲いた。
すごいだろう?
どうしてだと思う?

父が息子に聞かせるのは
このような話だ。

映画館の薄闇で
ぼんやりと画面を追っていた私は
このシーンで一気に覚醒した。
それは私が子どものころから疑問に思い
幼いなりに出していた結論と酷似していたからだ。

幼いころの私の最大の疑問の一つは
物にすぎない体が
笑ったり 怒ったり 考えたりできるようになったのは
なぜかというものだった。
物が物でないものを生む。
多くの子どもがそうであるように
私もこのフシギに打たれた。

そして雨だれが岩を穿つように
気の遠くなるほど物質が同じことを繰り返すと
物質は自分の質を超えて
奇跡的に非物質を生むに違いない
と結論づけたのである。

タルコフスキーのほかの映画がそうであるように
「サクリファイス(犠牲)」もきわめて難解である。
映画は父親の誕生日の一日を描く。

友人たちに囲まれ
酒を飲みパーティーを楽しむ最中に
彼は核戦争がはじまり
世界は滅びかけている幻覚に襲われる。

パーティーの招待客の一人で
神秘思想の持ち主である
郵便配達夫から
この終末の世界を救うには
マリアと呼ばれる小間使いと交わり
自分のすべてを犠牲にしなければならない
と告げられる。

彼は教唆された通りに
マリアの家に行き愛を交わし
翌朝戻って自分の家に火を放ち
錯乱状態で昏倒する・・・・・・。

ストーリーはこう展開するが
この映画の錯綜した筋を追うことには
それほど意味がない。

核戦争勃発への底なしの不安や
自己犠牲と呪術的魔力が
世界救済の唯一の道だという憂愁を
映像を通して感じることの方が
大切なのである。

忘れがたいラストショットは
体に余るバケツを
息子が枯れ木まで運び
修道士のように
水をやるシーンである。
カメラのズームバックによって
彼がその水やりをずっと
続けるであろうことが暗示される。

いつか花咲けと願う彼の小さな祈りは
原発事故の終息を望む
私たちの祈りに重なる。

物質が笑いや涙を生んだように
水をかけ続ければ
核物質はいつか
自身の質を劇的に変えないだろうか。


深海に生きる魚族

タイトルの言葉は
先週の土曜日
大阪で開かれた
小出裕章さんの講演会で
会の主催者から配られた
パンフレットから引き写したものだ。

昭和初期の歌人明石海人の歌
全文を記す。

深海に生きる魚族のように
自らが燃えなければ
何処にも光はない

明石海人は沼津に生まれ
沼津で教職に就いた。
結婚し二女に恵まれ
幸福の絶頂にあった25歳に
らい病(ハンセン病)を発症

31歳で隔離収容されてからは
病が悪化して失明。
声も失いながら短歌に打ち込み
永眠する37歳の年に
歌集「白描」を上梓。
前掲の歌は
この本の序文から引いた。

「らいは天刑である」
序文はこのようにはじまる。
それから短歌に出会った喜びを語り
目が見えなくなり
声帯を失ない
家族とは別れ別れとなり
それでも明石海人は
人生と己の命を祝福することを止めなかった。
序文を引用する。

人の世を脱れて人の世を知り
骨肉を離れて愛を信じ
明を失って内に開く青山白雲も見た。


そして序文は次のように閉めくくられる。
「らいはまた天啓でもあった」と。

この歌を読むと
私の脳裏には
なぜか原発事故の現場で働く
多くの作業員の姿が浮かぶ。

想像を絶する厳しい労働環境
死と隣り合った神経をすり減らす作業。
彼らも深海の魚族のように
自らを燃やすことによってしか
現在の情況の何処にも
光を見いだせないのではないのか。

「白描」は昭和14年にベストセラーとなる。
あまりにも有名なこの序文の碑は
沼津の千本浜公園に建つ。
同所に建つもう1つの歌碑はこう歌う。

さくら花 かつ散る今日の夕ぐれを
幾世の底より 鐘の鳴りくる

私の好きな明石海人の歌をもう一首。

おとがひに うすき刃の触るるとき
何時の葉ずれか うつつを去らぬ


ハンセン病患者の強制隔離は
1907年にはじまり
その根拠となった「らい予防法」は
1996年まで生き続けた。

1955年に生まれた
原子力基本法が
この轍を踏み
いつまでも私たちを
苦しめることがないよう
祈るしかない。

連載中の小説を
今日も更新しました。


またしても

俳優の原田芳雄さんが亡くなった。
3月のはじめに親友だった
女優の沖山秀子さんをなくしたばかり。
またしても・・・と思わず絶句した。

どんな役柄もこなす
器用でいい俳優だった。
器用さという意味では
沖山秀子さんとは
正反対の役者だった。

ふたりの競演は
確か「陽炎座」一本と思う。
原田さんがアナーキスト和田の役。
沖山さんは名前ももらえず
「派手な着物を着た女」とあるだけ。

鈴木清順らしい難解な映画で
私にはほとんど内容がつかめなかった。
ただ映画の最後の方で
沖山秀子さんがホオズキを食べていたシーンが
妙に印象に残っている。

映画の出演が決まったときに
彼女から電話をもらい
私はお祝いを言った。
「神々の深き欲望」で
たまげたデビューを飾って以来
私は彼女の映画のファンだった。
「セリフは一言だけよ。『上野のお山は・・・何とかで』しかない」
と彼女は言い大声で笑った。

競演は1本だけだが
ふたりとも森崎東監督作品に
何本も出ている。
沖山さんは「女は度胸」や「黒木太郎の愛と冒険」に
原田芳雄さんは
「生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」ほか
数本の森崎東映画に主演しているはずだ。

ふたりの共通性はもうひとつある。
実に魅力的な声の持ち主だということ。
「新宿・盛り場・コレクション」というタイトルの
オムニバスCDがあり
そこでふたりが素晴らしいノドを聞かせている。
沖山さんは「ダンチョネ節」(これはマジでいい)
原田さんは「新宿心中」

このように振り返るにつけ
つくづく惜しい人たちを亡くしたと
無念がこみ上げてくる。

この声の良さを買われてか
原田さんは若松孝二監督の
「実録 連合赤軍・あさま山荘への道程」
にナレーターとして出演している。

震災直後に沖山さんから電話があった。
原発事故の実態がよくわからないころで
彼女はもう東京に住めないとこぼし、
だったら淡路島に来るようにと私は勧めた。
どのような経緯か忘れたが
私は今ブログで連載中の小説の話をし
彼女は珍しくそれを読みたいと言いだした。
そこで私は連合赤軍事件を主題にした
「ある狂気の物語 新しい人あの橋を渡れ」を彼女に送った。

しばらくたって
今度は私の方から彼女に電話してみた。
「原稿着いたけどまだ封も切ってへん」
彼女は前のときより
いっそう落ち込んだ声でそう言った。
前年の暮れに
階段から落ちて骨折して以来
彼女は極度に元気をなくしていた。

電話を切る直前に私はこう励ました。
「小説家をやめても、女優をやめても
歌手だけは絶対に続けよ。あんたの天職やからな」と。
すると彼女はいつものように豪快に笑いこう答えた。
「木田さんはずっとそれは言い続けてきたね」
これが彼女との最後の会話となった。

それから数日後
私は新聞で彼女の死を知った。
震災後わずかに20日。
彼女は波乱に満ちた生涯を閉じた

おそらく私の原稿は読まなかったはずだ。
原田芳雄さんの訃報に接し
連合赤軍事件を媒介にした
彼と沖山秀子さんの
奇妙なえにしが私の心に残った。

原田芳雄さんの作品で
私が一番好きなのは
「祭りの準備」である。
「龍馬暗殺」も「美しい夏キリシマ」もいい。
「父と暮らせば」も素晴らしいが
私には「祭りの準備」がベスト・オブ・ベストである。

シナリオライターになるため
東京に向かう近所の青年を見送るために
プラットホームで「バンザイ」と叫び
ジャンプを繰り返す原田芳雄の姿は
生涯忘れられそうにない。

つくづくいい俳優であった。


諦めなければ・・・・・・

なでしこJAPANの戦いぶりは
あっぱれだった。

決勝戦で獲得した2点は
あのボールの高さ
あの角度
あの選手
あのタイミング
あの敵の守備陣形でしか
通用しないシュートだった。

私はこれまで
数限りなくスポーツの試合を見てきたが
間違いなくベスト5に入る素晴らしいゲーム。
どん底の逆境にあっても
粘り強く堪えしのび
最後まで戦い抜くことなく
敗れることを拒否した
魂の攻防であった。

彼女たちが身をもって示したメッセージは
被災地の人たちにも確実に伝わった。
「諦めなければ復興できる!」
テレビのカメラに向かって
力強く誓う被災者が多くいた。

そう確かに
「諦めなければ復興できる」
ただし原発事故の福島を除いて・・・・・・。

なでしこのように
諦めずに戦ってさえ
勝ち目のない戦い。
そこに原発事故の悲惨がある。

もし従来の国の規定通り
年間1ミリシーベルトの被爆しか許さないなら
福島全県は避難の対象となる。

福島の人々に突きつけられるのは
以下の選択だ。

被爆の危険性から逃れることを諦め
福島にとどまるか。
ふるさとを諦め
被爆の危険性から逃れるか。

いずれにせよ福島の人たちは
諦めなければ復興ができるのではなく
ふるさとか被爆の恐れ
どちらかを諦めなければ
生きていけない情況に追い込まれている。

福島の人たちが
被爆の危険性を受け入れ
故郷で生きる道を選ぶなら
彼らの覚悟に合わせて
私たちも何かを諦めなければならない。

放射能で汚染された野菜
牛 豚や鶏 魚介類。
福島発の生産物を
誰も食べなければ
福島の被災者の生活はたちどころに
行き詰まってしまう。
であるなら
原発を容認してきた
大人の私たちがそれを食べよう。
そして経済を支えよう。

放射能に対する感受性の強い子どもと違い
私たちは汚染された食物を口にしても
目に見えて寿命が縮まりはしない。
大人は食べ
子や母 これから子どもを産む若いカップルには
さらに厳しい基準を設けて
彼らの安全を守り抜く。

福島県外に生きる
私たちのこのような連帯があってこそ
彼らはふるさとに留まり
放射能と戦える。

これらの覚悟の必要性を
私に教えてくれたのは
京大原子炉実験所で
反原発活動をする
小出裕章さんである。

なでしこJAPANの戦いの清々しさは
彼女たちが「日の丸を背負って」
などと気負わずに
自分たちの前に立ちはだかってきた
強敵に対して
チームとして 個人として
決着をつけるために
果敢に戦ったことにある。

福島と連帯するにも
国は無縁である。
自分の責任において
子どもたちの未来に
わずかでも光明をもたらせたら
私はなでしこの心意気に
いくぶんかは近づけた気になるだろう。


太陽を盗んだ男

「太陽を盗んだ男」は
長谷川和彦監督の作品である。
公開は1979年 
主演はジュリーこと沢田研二である。

あらすじとも言えない
物語のアウトラインを書く。

しがない理科の教師が
東海村の原発からプラトニウムを強奪し
原子爆弾の製造に成功する。
彼はそれを国会に持ち込み
国を相手に脅迫を図る。

まさか国を脅せると思っていなかった彼は
何を要求すればいいのか思いつかない。

とっさ出てきた要求は
「ナイターを途中で打ち切らず
最後まで放映しろ」というものだった・・・。

東海村の原子炉 原子爆弾
ナイター中継(節電ではないけれど・・・)
市民に対する国家の露出
これだけ並べれば
この映画がもつ
2011年7月現在の
時代的な意味が明らかになる。

私が一番のお気に入りは
原爆を完成させたジュリーが
ガイガーカウンター(なんと!)を
マイクに見立てて歌い 
はしゃぐシーン。

逆に1979年には無邪気に眺めた
プラトニウムをプールにまき
水泳を楽しんでいた大勢の人が
放射の汚染によって
死に絶えるシーンは
現代との照応関係があまりに生々しく
正視できないかもしれない。

原子核反応には
核分裂と核融合がある。
原発は核分裂を利用した発電システム。
一方核融合の例として
私たちにもっともなじみ深いのが
太陽エネルギーである。
太陽は核融合することによって
巨大なエネルギーを放出し
地球上の全生命を養っている。

原子爆弾は、人間が作り出した太陽であり
それを盗んだ男は
「神の火」=「太陽を盗んだ男」
現在におきかえれば
さしずめテロリストであるが
うだつの上がらない理科の教師である点に
1970年的牧歌が生きている。

クローン技術と同様
原発がなぜ神の領域に
踏み込んだこととなるのか
ウランを濃縮する技術ゆえか?
あまりにも巨大なエネルギのためか?
不安定なウランが吐き出す高濃度の放射線物質のせいか?
いずれもその一部であろうが
神の領域への侵犯は
核融合の連鎖反応の永遠性にある。
ここには人間の不老不死の傲慢な夢
神々の深き欲望がうずいている。

原発はウランの原子核が中性子を取り込み
核分裂をする際に放出するエネルギーを
利用してタービンを回し発電する。

核分裂でエネルギーを出す際
2、3個の中性子も同時に放出され
それがウランに取り込まれ新たな核分裂を起こす。
つまり原発は
ひとたび反応が起きると
ほかからエネルギーの供給を受けなくても
連鎖的に反応が継続し
永遠に活動を続けられる。
あたかも不老不死の肉体のごとくに。

他からのエネルギーの供給を受けず
自立したシステムで生きるものとして
真っ先に私たちが思い浮かべるのは
同じ「連鎖」という名前をもつ
食物連鎖の第一原因である
植物の光合成だろう。

光合成は太陽と(またしても太陽)
水と二酸化炭素で行われ
酸素を吐き出して
でんぷんを作る。

ほかの何ものにも依存することなく
自らのみを根拠として屹立するのは
神にだけ許される行為である。
原発を「神の火」と呼ぶのは
その類縁性によってかもしれない。

もう一つ太陽にまつわるデータ。
あと数十年のうちに
人間が作り出し、消費するエネルギーの総量は
太陽が地球に与えてくれるエネルギー量を
上回ると予測されている。
人間の科学技術が太陽を上回る?
この途方もない現象こそが
「太陽を盗んだ男」でもあろう。

これは私にとって
因縁深い映画である。
まずプロデューサーの伊地智啓さんの妹とは
30年来の飲み友だちである。

今年になって立て続けに死んだ
2人の友人もこの映画と縁があった。
ブログで何度も取り上げた
乳ガンで死んだ友だちは
死の床においても
「ジュリー祭り」に行きたがっていた。
もうひとりの友人は
女優の沖山秀子さん。
私の妹分であった彼女が主演した
「神々の深き欲望」の助監督を務めたのが
この映画の監督である長谷川和彦さんである。

その長谷川さんとの縁は「連合赤軍事件」だ。
長谷川さんはそれをテーマに
映画を構想中であるとか。

今日は金曜日。
「連合赤軍事件」をテーマにした
連載小説「ある狂気の物語-新しい人あの橋を渡れ」
を更新します。

この星の未来

私が興味をもつ仏教は
原始仏教とも長老派仏教とも呼ばれる。
またテーラワーダ仏教
上座仏教と呼ぶ人もいる。

どう呼称されるにせよ
それは釈迦の教えに手を加えず
そのまま今に伝えた仏教である。

上座仏教には
天国(極楽)も地獄もなく
拝むべき仏像もない。
という意味では
宗教ではない。
目指す境地は
究極の心が成長した状態。
釈迦が到達した涅槃=悟りである。

あまり有名でないと思っていた原始仏教だが
20年来の付き合いの友人が
その存在を知っているばかりか
タイまで修業に行ったと聞いてビックリした。

テーラワーダ仏教が盛んなタイでは
日本からのツアー修行者を受け入れ
彼が参加したような修養会を
年に数回開催するらしい。

場所はタイの山岳地帯。
200人ばかりの日本人に混じって
彼はそこで1ヶ月におよぶ
集団修業生活を送った。

私物の所有は許されず
袈裟に着替え
無一物になって
ひたすら修業に打ち込む毎日。
食事は早朝と昼ご飯の2回だけ。
正午を過ぎると
翌朝まで何も口にできない。
食事以外の時間は
瞑想と釈迦の教えを学ぶことに明け暮れる。

これだけでも腰が引けるが
多くの修行者を悩ませるのが
蚊の大軍による夜毎の襲撃らしい。

生活の場である大広間に
全員が雑魚寝して
ただでさえ寝苦しい上に
屋根がある以外は
外で寝ているも同然の修行者を
蚊が容赦なく襲う。

テーラーワーダ仏教では
すべての殺生は禁止である。
蚊であろうと、蚤、シラミ
ゴキブリ、ヘビであろうと
すべての生命は
私たちと同等であるから
殺生は許されない。

顔や手足、体中が
蚊に食われ
翌日の朝には
顔が倍ほどに腫れ上がるという。
これが1ヶ月にわたって続く。
「この修業、俺は無理」と私は
話を聞きながら
早々と降りた。

テーラワーダ仏教には
「これは無理」
と思うものが少なからずある。

心の成長を妨げれる主因として
テーラワーダ仏教では
「トン(貧)・ジン・チ(痴)」を挙げる。
トンは「むさぼり」
ジンは「怒り」
チは「無知」である。

「怒り」や「無知」は
さまざまなバリエーションも含め
何となく理解できる。
問題は「むさぼり」である。

「むさぼり」の中心は「五欲」と呼ばれる
眼・耳・鼻・舌・身が感じる感覚的欲望。
それらすべてが「むさぼり」なのである。

きれいな人だなと心が動く。・・・眼
この音楽は何と美しいとうっとりする。・・・耳
いい匂いと鼻をうごめかす。・・・鼻
おいしいと舌鼓を打つ。・・・舌
なめらかな肌触りに眼を細める。・・・身
これらはすべて「むさぼり」である。
いずれもが
私の好きなものばかり。
そこで「俺ってこれは無理」となる。

1ヶ月修行を終えた友だちに聞くと
できることだけやっていても
本当の心の成長は得られないと手厳しい。
人間的な あまりに人間的な感覚的欲望。
それを捨ててまで悟りに至るべきか
それとも人間くささをそこそこ残し
できる限りきれいな心を目指すか。
私はそこで迷い続ける。

タイの話しに戻ろう。
自分の嫌いなものを克服するために
テーラワーダ仏教には
「慈悲の瞑想」が用意されている。
生きとし生けるものの幸せと安穏を
祈るものだが
その一部はこうである。

私の嫌いな人も幸せでありますように
私の嫌いな人も悩み苦しみがなくなりますように

この祈りを唱えるとき
私は蚊やヘビ、ゴキブリなどを思い浮かべ
言葉の上では
大嫌いなヘビなどの平穏を祈る。
しかし本心は・・・

東日本大震災の被災地では
蚊とハエが大量発生している。
テレビの映像を通しても
被災地の人々の
ムズガユさが伝わってくる。

私の頭では
蚊やハエの一網打尽やら
焼尽やら
根絶やらの言葉が駆けめぐり
過激な思いがうごめく。

人は畑を埋め尽くす雑草と戦ったり
いやな動物を退治する必要に迫られると
容易にヒットラー的思考回路を作動さる。

しかし原始仏教の修行者のように
私が抱いた絶滅思想とは無縁に
「生きとし生けるものの幸せ」を
心から求める人もいる。

地球がそんな人ばかりになれば
確かにこの星の未来は明るい・・・。

しかし「これも俺には無理」かな?



父の時代?

近頃の映画の傾向を論じられるほど
私は映画を見ていない。
またメモをとる習慣もなければ
映画評を書こうとしたこともない。

無邪気に見て、泣いて、笑って
その場でスカッと忘れてしまう
素朴で熱烈な映画ファンである。

そのぼんやりと無自覚な私が
最近見た映画に
父と子のテーマが
やたら多いことに気づいた。
映画の世界に
あるいはその反映である現実世界に
何が起こっているのか?

こんなことは
専門家がとうの昔に気づき
分析も終わり
決着のついた課題かもしれない。
しかし一例として
私は映画を挙げてみなければ
気がすまないのである。

「ビューティフル」「バビロンの陽光」「SOMEWHERE」
「戦火のナージャ」「君を思って海をゆく」「未来を生きる君たちへ」
「蜜蜂」「海洋天堂」「神々と男たち」「ブンミおじさんの森」
「再会の食卓」「光のほうへ」

これらの映画には
どこか共通性がある。
言葉にしてしまえば
父の失踪(父探し)
子どもの障害
戦争
大きな自然
不安定な家族

しかしここで挙げたものは
私がつかみたいものと違う
言葉ではつかめない何か。
皮膚感覚的同一性
とでもいうべき共通の何か。
私が見つけたいのはそれである。

あなたはこれらの映画を
何本くらい見ただろう?
半分も見たあなたなら
共通性がわかっていないだろうか?

私も宿題として
父と子の意味するところを
肌触りの共通性から
考えてみるつもりだが
あなたもチャレンジすればいかが?

実はこれには前段がある。
3月に十三の第七藝術劇場という映画館で
テレビドキュメンタリー
「平成ジレンマ(戸塚ヨットスクールの現在)」を見た。

その後にこのドキュメンタリー映像の主役たる
戸塚宏校長を交えた討論会が開かれた。

私はそのドキュメンタリーで描かれた戸塚氏にも
目の前で自説を披露し
体罰を否定する批判者の
弱腰を痛罵する姿にも
ヨットスクールの正当性を主張する論拠にも
同意することができなかった。
彼の中に私が見たのは
自分に従わない者への
憎しみに近い強い怒りだけだった。

源流はここにある。
戸塚宏式の強い男、強い父
それと対極に模索さていれる
自然と情愛と合理的思考に根ざした
柔らかくて強く、どこまでも広いもの。
(たとえばイチローのスイングのような)
それが映画の中で
私が皮膚感覚として感じた
何かではないだろうか。

いつかこの宿題をすませ
ブログで書ければいいのだけれども・・・

今日は連載小説を更新する日です。
物語は佳境に入ります。
一度覗いてみてください。

ヒマな実験

私は数秒で眠りに落ちる。
そしてすぐに目が覚める。
スポーツをやりすぎ持病になった
頸椎ヘルニアが
私の眠りを妨げるのである。

また体力の回復が早く
一眠りで元気を取り戻すことも一因だろう。
かくして一度目覚めると
次に寝付くのが少々やっかい。
これも不眠症の一種なのだそうだ。

そんな眠れぬ夜に
修業と称して
私はいろいろな実験を楽しむ。
ときにはそれが偉大な(?)発見につながったりもする。

先夜の体験はスゴかった。
私は<わたし>という主体が
どのようにすればなくなるかの実験をした。

<わたし>の居場所として
私たちが想像するのは
なぜか頭-目-鼻-心臓-へそ-性器を結んだ
体の中心線上である。
そこで私は<わたし>の居場所を
田舎というか 地方というか 辺境というか
手の指の先やら 踵 右肩 尻 腰骨 ヒザなどに移し
それぞれで<わたし>の機能がどう変わるか
試してみたのである。
結果はかなりおもしろかった。

この実験の成果を正しく受け取ってもらうには
足の親指が<わたし>として
思考する様を想像してほしいと思う。
あるいは尻が沈思黙考する様子を。

中心線上にいると仮定する<わたし>と
指先にちょこんと座った<わたし>には
確かに大きな違いがあった。

容易に推測がつくように
中心線の<わたし>は
我か強く 支配的で 押しつけがましい。
それに対して
足の親指に止まって思考する<わたし>は
夢の中の主体がそうであるように
自他が曖昧で
他と入り混じり
まるで酔っているように
麻薬をやってるように
集合性に向かって開き
厳格な一貫性はなく
暗喩が呼び起こす
ほのかな全体感で結ばれ
言葉は<わたし>の中から生まれるというより
主体を離脱した古い記憶の言葉が
<わたし>に憑依するという感じなのである。

私は可能な限り<わたし>を無にした
夢の中のつぶやきのような
酔ったり ラリっているような
文体を発見できれば
どんなに楽しい小説が書けるかと夢想した。
その妄想によって我欲が蘇り
その夜の実験は失敗したのだけれど・・・。

どうしてこのような
ヒマな実験を思い出したのか。
月曜日に首都圏のある町を
出張で訪れたからだ。
バスに揺られながら
車窓の光景を見ていたときに
東京近郊の地方都市は
どうしてこうもいじけているのか
という疑問が浮かんだ。

答えは簡単だった。
わたしのヒマな実験に照らせば
関東の地方都市は
中心線上の我の強い東京に
骨の髄まで文化を吸い取られ
東京の支配を逃れるために
膝小僧や肩胛骨で思考する方法を
決定的に失っているため
あのようにいじけているのだ。

このとき私の念頭には
大阪が中心になって進めようとしている
副都心構想なるものがあった。
それぞれが個性豊かななまま
文化の軽重をつけず
互いを敬っている近畿地方の豊かさを
東京を真似た中心線で解体する案など
議論する余地もないほど
愚かな考えである。

どうせ副都心を作るなら
日本の肩胛骨のような位置にある
東北地方の再建として構想するほうが
どれだけいいかわからない。
政治の中心を東北に置き
国会や内閣、各省庁をそこに移せば
東北の復興を少しはまじめに考えるであろうし
原発を国策にするとは
口が裂けても言わないはずだ。

人の死と犠牲の上に成り立った繁栄を
根本から見直すには
この副都心構想は案外イケている。

東北の副都心に
どの機能を移すか
私はヒマな実験をして
今夜も眠れぬ夜を
楽しむとしよう。





トイレのないマンション

スポーツ好きの例に漏れず
私は楽観主義者である。
そして陽気でいることが
もっとも大切な人生の態度だと
心の底から信じている。

原発は「トイレのないマンション」だとの記事を
どこかで読んだ。
原発の排泄物ともいうべき
使用済み核燃料棒は
水に流すこともできず
土に埋め戻すこともかなわず
処理方法不明のまま
原発内部に放置しておくしかない。
この状態が「トイレのないマンション」である。

トイレのないマンションでは
日常生活は成り立たない。
そのような住環境で暮らした経験はないが
水のないトイレのマンションならある。

阪神大震災で
もっとも苦労したのは水であった。

苦労の度合いは
代替物の有無で決まる。
ガスの替わりにはカセットコンロを使い
電気の一部は
電池や自家発電機によって代用できた。
水の代替物は雨水であろうが
都会生活では大量の水をためる容器もなく
遠方まで足を運び
井戸水や農業用水を
マンションの上階まで運び上げた。

用途についても
代替物の原理が生きている。
飲み水は金額を気にしなければ
ミネラルウォーターで代用可能だ。
洗濯用の水がないなら
被害の少ない
大阪のコインランドリーで洗濯ができた。
もっとも困ったのはトイレの水。
つまり水のないトイレのマンションである。

排泄物を流すには
バケツに水を用意し
勢いよくかけなければならない。

問題はその水を当てる位置である。
私はゴルフをほとんどやらないが
排泄物をゴルフボールに見立てると
バンカーから出す要領で
ボールの手前の位置に
水をぶっかけるのである。
もうひとつ重要なことは水の量。
多すぎるともったいない。
少ないと不発に終わる。

私の住んでいたマンションには
震災後仲のいい友だちが
よく遊びに来ていた。
自分のマンションに戻る前に
彼女は決まって私のマンションで用を足した。
この「立つ鳥跡を濁す」的行為を
私はあまり快く思っていなかった。

ある晩彼女は
立て続けに失敗し
その日の水の備蓄が底をつきかけた。
次をしくじると
夜更けであるにも関わらず
水を調達にいくか
流すことを諦めなければならない。
日頃の不満が怒りに替わり
私はこの失態を許せない気になっていた。

彼女に呼ばれた私は
不足が懸念される排水に加える目的で
2リットルのウーロン茶を手に
便所に入った。
そして彼女の排泄物を指さし
収まりのつかない口調で
「ここに、ここに水をかけんねんで」
と何度も念を押した。

ウーロン茶も加えたバケツを
真剣な様子で構える彼女。
狭い便所で身を寄せ
排泄物を息を殺して見つめる2人。
突然えも言わずおかしくなって
どちらからともなく笑いだし
私たちはしばらく
腹を抱えて笑い合った。

阪神大震災には
(水のないトイレのマンションには)
まだこのような楽観主義があった。
陽気が生きていた。
しかしトイレのないマンションには
いかなる楽観主義も存在しない。

代替可能か否かの原則は
ここでも苦労や悲劇と深く関わっている。
原発事故によって失われるふるさとや
子どもと母の命・健康は
何ものにも代え難いものである。

原発事故が深刻さを増すにつれ
私の心は経験したことのないほど
重く、悲観的になっていく。


もうそろそろですね

骨髄にまで転移した乳ガンが見つかり
有効な治療法もなかった友人は
最後の数ヶ月を家で過ごした。

今日自力でトイレに行けていたのが
翌日にはベッドですますことになり
その日は体を起こせていたのに
次の日には伏せたまま動けなくなった。

まるで坂道を転がり落ちるように
日々、毎時、毎分、毎秒
体力を失っていき
死の前日力つきて
彼女は再入院した。

げっそりと痩せた彼女を見て
医師は残念そうに
「もうそろそろですね」と言ったそうだ。
彼女が医師にどう答えたか
その場に居合わせなかった私にはわからない。

医師からそう宣告され
数時間後病室に戻った彼女と
私は会った。
「今回はもうアカン気がする」
そう言うなり彼女は
クリームパンをムシャムシャ食べた。

その様子から
私は彼女が
医師の言葉を
自分の運命として
静かに受け入れたのだろうと推測した。

私にはこの両者の言葉は
いずれも清々しい。
医師としての責務を果たした者と
人としての覚悟を固めた者が
最後に交わし合った言葉。
「もそろそろですね」
「今回はもうアカン気がする」

もし彼女が今蘇り
福島原発事故における
政治家たちの
無責任極まるあたふた振りを見れば
何と言うだろうか。

チェルノブイリ事故の規模に照らせば
少なくとも子どもと母は
福島からただちに疎開させるべきである。
であるのに事の重大さを直視せず
脳天気な気休めを武器に
悲劇を先送りしている。

彼らに決定的に欠けているのは
医師が備えていた責任感であり
私の友人の心にあった
運命を受け入れる覚悟である。

彼女はたまたま末期ガンであったので
病魔に屈してしまったが、
福島の子どもたち、母たちは
政治家が正しい決断さえ下せば
原発事故の被害を
最小限に食い止められる。

子どもを疎開させたいのに
経済的な事情で
それをあきらめている家族が
大勢いるという。

どうして国が
東電が金を融通しようとしないのか。
この人たち(福島の子どもと母に)
どのような過失があって
故郷を捨てざるを得ないところまで
追い込まれているのか。

募金でも呼びかけたいが
我が無力につくづく腹が立つ。












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